地 獄 の 接 吻 (58) わたくしは、自分がいつか、女性になるものだと、本気で信じておりました。 お姉様の通う学習院女学部で、いつか自分も学べるようになるのだと、本気で思い込んでいました。 ただ単に、女性への憧れであったり、女性になりたいとの願望を抱いていたわけではないのです。女性になれない自分の未来など、想像すらしていなかったのです。 そして「その時」を迎えるまで、花司家の令嬢として、何処へ行っても恥ずかしい思いをすることがないように、毎日女中室に忍び込み、芳枝の紅や白粉、眉墨を使って、鏡台の前に座し、一人でこっそりと、お化粧の練習をしていたのです。 お化粧をすると、とても落ち着きました。本来の自分に戻ったような気持ちになって心が休まったものです。 言葉遣いや立ち居振る舞いは、お姉様の真似をするように心掛け、生活習慣を女性らしくすることに、無上の喜びを感じておりました。女性に扮する時は、成りきろうとの思いが女の心の夢を見させて、狭隘(きょうあい)な性の牢獄から解放されるひと時に心酔しておりました。 ですからお姉様のように、ふさふさした髪や、ドレスや友禅の着物など召しているのを羨ましく思い、お琴や舞踏、生花や茶の湯など、学校から帰ると暇なく仕込まれている様子を、羨望の眼差しで眺めていたものですが、年に何度か、花司家で、夜な夜な晩餐会や音楽会が催されると、孔雀のように着飾った夫人たちや、瀟洒なフロックを召した侯爵や伯爵、大臣や軍人、銀行の総裁や実業家が集った時などは、皆一様にわたくしを、白拍子の男装の如く、髪を短く刈った、男の子の服を着せられている令嬢だと思い込んでおりました。つまり、紅化粧をせずとも、袖のある着物姿でなくとも、花司家の長男であると言い当てられた人は、南条家などは別にして、一人としていなかったのです。 貴族連の勘違いを呼び起こしたのは、性の越境に備えるため、女性らしい仕草を身に付けることに執心していた成果が、言葉や振る舞いの端々に顕れていたことにもよるのでしょうが、わたくしの顔や身体は、女性であることは疑うべくもないほどの優雅さを、溢れさせていたのです。 ところが、わたくしのこうした女々しさは、花司家の跡目を継ぐ長子としての自覚と誇りを、徹底的に植え付けさせようとした盛輝の意思に反したことは言うまでもありません。 初めこそは、女性の資質を少しばかり持ち合わせているだけに過ぎず、成長するに従って、貴族の紳士としての理念と教養を身に付けていくであろうと、楽観的に見過ごしていたようですが、そんな様子が全く窺えないと見るや、盛輝と蝶子は団結して、まるで敵同士の、休戦中の友好行為であるかのように、激しく責め立てるようになったのです。 わたくしは、禁忌が強ければこそ自由に憧れて、反抗心を沸き起こしましたが、それによって盛輝と蝶子の叱責が、日を追う毎に激しさを増していきました。わたくしの、天から授かった、先天的なものに対する悪意です。 女中室に忍び込んでお化粧していたことが知れた時などは、闇夜の庭園に放り出され、朝を迎えるまで家に入れてくれませんでした。 わたくしは、二人がなぜ、険悪な感情をぶつけてくるのかがわからなかったのです。物心付いた頃から、自分は女性になるものだと強く信じていたにも関わらず、それは間違いであると咎められ、やり場のない心の内を吐露することも出来ないまま、芝生と薔薇の庭で、途方に暮れるばかりだったのです。 木立を抜けた先にある、静かに水を湛えた池の方へと歩きながら、ふと家を振り返りますと、灯りが出窓に映す貴紗蘭の影が見えました。 慈悲深きお姉様は、わたくしを救いたい一心だったのでしょうが、主従と良心の狭間で揺れ動き、もがき苦しんでいたに違いありません。可哀想なお姉様。 そう思いながら、出窓の前に立ってこちらの様子を窺っているお姉様を、ずっと見つめていたものです。 元来病弱な身であったわたくしは、その頃から、精神的疲弊を募らせたことによって、盛輝に激昂されたりしますと、その場でひきつけて、家中を騒がせるようになりました。 また、感受性が強かったせいでしょうか、それとも神経が過敏になっていたからでしょうか、時折蝶子が広間で奏でるお琴の響きや鼓と謡の声、家人や使用人たちが忙しなく歩き回る足音にも耐えられなくなり、遂には灰色の天から降る雨音や微かな風の音にさえ、恐怖心を抱くようになったのです。 それだけに留まりませんでした。就寝時に部屋が暗闇になると、空間の広さがわからなくなって、途方もない場所に放り込まれたような錯覚に陥り、今ここで死んでしまったら、永遠に闇の中で生き続けなければならないという強迫観念に怯え、深夜に逃げ出したことも頻繁にあったのです。 闇が去って、麗らかな朝の日差しが窓から差し込んでも、目を開けた途端に視界に入る天井の圧迫感に、吐き気を覚えました。 日に日に憔悴していくわたくしを、盛輝が主治医に診せますと、このままではあと二、三年しか生きられないだろうと、残酷な宣告を下したのです。 盛輝や家職らから、家督の継承者たるに適しないと決断されたのはこの時でした。 そんな状況下にあっても、女性になれるひと時が、患った体に活力を与え、生命力を漲らせ、真の女性になりたいとの想いが一層増していき、麗華という名前を自分に付けたのはこの頃だったのです。 盛輝と蝶子は、きっとわたくしが病身であることを憐れんで、考えを改めてくれるに違いない、そして、これからは何でも言うなりにさせてくれるだろうと信じ、女中室でお化粧をしたり、貴紗蘭の赤や紫の袖のある着物や華やかな洋服を身に付けたりということを、あからさまに続けるようになりました。 ところが、病弱短命なわたくしに愛情を示すことなく見切りを付け、疎ましいとさえ思っていたのでしょう、盛輝の逆鱗に触れ、暴力によって封殺しようとする短絡的な行為に及んだのです。 そして深く蹂躙されたわたくしに対し、最後に、このような通告をしたのでした。 「お前は他家へ養子にもやれない役立たずだ。一族の面汚しだ。恥晒しだ。何度諌めても言うことを聞かない愚か者め!これ以上の勝手は絶対に許さんぞ!花司家の血を受け継ぐ者としての誇りを示さねばならぬ立場でありながら、お前はそれを踏み躙ったのだ。お前の唾棄すべき悪癖に対して、徹底的に制裁を加えてやる。容赦はしない。よく憶えておくがいい!」 盛輝は吐き捨てるように罵った後、ひきつけを起こす寸前であったわたくしの腕を無理矢理掴むと、二階へ引っ張って行き、部屋に放り入れて、閉じ込めたのでした。 わたくしは、天蓋のベッドの上に伏せ、体中をぶるぶると震わせながら、延々と泣き続けました。 高慢で卑しい己の愚かさを省みることなく罵って、鬼の首でも取った風に、我が身が高くなるとでもいうようなふてぶてしさで、善悪を説く資格などありましょうか。 純粋に、性の越境に備えていたわたくしの何処に、断ち切らなければならない悪の根があるというのでしょう。寧ろ、花司家に蔓延る因習の為せる不条理こそ、葬り去らなければならない罪悪ではないでしょうか。 シーツを涙で濡らしながら、張り裂けそうな胸の中で、何度も何度も自問しておりましたが、そうする内に、いつしか身体の芯に、復讐の黒い炎が、小さく燻(くすぶ)り出したのです。 しかし、燃え滾(たぎ)らせることは出来ませんでした。 なぜなら、花司家の血の粛清に、為す術もなく、屈しなければならない日々が、いよいよ始まろうとしていたからなのです。
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