◆谷中三崎町 現在の谷中2〜5丁目。昭和42年までの住居表示で、「さんさきちょう」と読みます。 「手紙を受け取った次の日に、早速谷中三崎町にあるモデル斡旋所へ向かったのだが、それも妙な義務感に駆られていたからに過ぎず、徒労に終わるのではとの深い諦念の溜息を落としながらの道のりで足取りは重かったのである」
◆帝国館 / コリーン・ムーア「微笑みの女王」 帝国館は浅草六区にあった松竹系の活動映画館。元はパノラマ館という名称でした。収容定員は1800人位だったそうです。
◆ ルドルフ皇太子とマリー・ベッツェラ ルドルフ皇太子は、オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世と皇后エリザベートの子で、マリー・ベッツェラは男爵令嬢で彼の愛人。 「『ねえ・・・ルドルフ皇太子とマリー・ベッツェラがなぜ死んだのかご存知?』
◆福島飯坂電車軌道線 大正13年に開通した福島〜飯坂間(計13駅)の軌道線電車。当時の飯坂駅は、現在の花水坂駅に当たり、飯坂温泉駅まで延長されたのは昭和に入ってからです。 「『この女は、事件のあった当日、最寄の飯坂駅から、福島飯坂電車軌道線に乗って福島駅まで行き、一泊した後、東北本線に乗り、上野駅まで行ったということが、ほぼ判明しました。秦の妻君が、つい先日、飯坂警察署から同じ話を聞いたと言っていましてね。つまり、このルートであったという私らの調査結果と一致したというわけです』」
◆花月園
◆深川和倉町 / 油堀川 深川和倉町は、正式には「深川」の冠称はなく「和倉町」。後年、和倉町1丁目は深川1〜2丁目となり、和倉2丁目は冬木町2丁目になりました。 「去る一月三十日の午前十一時頃、深川和倉町の油堀川桟橋で、客を乗せた和倉渡船の船頭が、桟橋から纜(ともづな)を解いて棹(さお)を突くと、川底から女の死体が浮かび上がってきたという」
◆帝国図書館 明治30年に設立。前身は、明治5年に文部省によって設置された書籍館(しょじゃくかん)。上野公園にある、地下1階地上4階建ての庁舎は明治41年に建てられたもので、東京都選定歴史的建造物に指定されています。
◆華族 明治2年(1869年)から昭和22年(1947年)まで存在した階級です。公卿から列せられた華族を公家華族、諸侯から列せられた華族は武家華族、国家への勲功により華族に加えられたのは勲功華族、臣籍降下した元皇族を皇親華族と区別します。 「上げ巻に気品ある面立ちは清楚な雰囲気をありありと感じさせたものの、世間に晒され続けながら華族の家庭に根を張る旧道徳の鉄鎖に繋がれ、汲々としてきた積年の疲弊が顔に刻み込まれており、内向的で神経質そうな資質さえ窺わせた」
◆東京府豊多摩郡杉並町大字天沼 現在の東京都杉並区天沼。作中、森下が荻窪停車場から天沼に向かう道は、大正期からこの地に住んでいらっしゃる方が書かれた地図を参照にしているので、道順は勿論のこと、医院や水田、雑木並木、火の見櫓や学校などの景観に至るまで、全て事実をありのまま描写しています。 「商店会の引き札の裏に、東京府豊多摩郡杉並町大字天沼の住所が走り書きされていた」
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