地 獄 の 接 吻 (54) 目が覚めたのは、ちょうど名古屋に到着する直前であった。 東海道本線の車体がゆっくりとプラットホームに横付けされると、前後左右に疎らに座っていた数少ない乗客たちが、思い思いに立ち上がって、ある人は両手に荷物を抱え、ある人は酒に酔って足元も覚束無いまま、乗降口から吐き出されて行った後、決して肉体的な疲労の所為ではない重く気だるい体を座席から持ち上げ、凍て付くような寒風が肌を刺す車外へと足を踏み出した。駅舎の天井屋根から吊るされた丸時計が、午後十一時時を過ぎたばかりであることを告げている。 改札口を出ると、停車場前には二台のタクシーが停まっていた。その内の一台から、自動車会社の帽子を被った小柄な運転手が出てきて、立ち止まりかけた僕に声を掛けてきた。 「何処まで行くんだてか?」 鞄から裸婦画の依頼者である日下部氏の手紙を出し、差出人住所に書かれている大須門前町の番地を読み上げると、徒歩であれば三十分も掛かると言うので、乗車することにした。 タクシーは停車場を離れると、東の方角へと走り出し、人気のない夜の街を街灯が煌々と浮き上がらせる広い道路から北へ折れ、しばらすると再び東へと進路を変えた。 大須門前町の商店街まで来ると、街の様相は一変し、町会ネオンや氷晶灯や軒灯の灯りが醸し出す夜の雰囲気は、活動写真館や演芸場、露店などがそこかしこに軒を並べ景気を競う歓楽街特有の、昼の賑わいの余韻を感じさせている。 大須観音を左手に過ぎると、境内に広がる線香の匂いと煙が微かに漂い、今まさに酔客が這い出て来た盛り場の続く道を、南北に延びる門前町通りと交差する手前まで走った。 運転手はそこでタクシーを停車させ、門前町通りを過ぎて左に入る一本目の路地に、該当する住所があると教えてくれた。 料金を払ってタクシーを降り、店舗照明の灯りが少しずつ消えていく門前町通りを過ぎて、場末の雰囲気を漂わせる細い路地へと入って行くと、今にも倒壊しそうな三軒並びの安普請の飲み屋があった。土産物屋を二軒挟み、提灯を掲げた飲み屋が更に南の商店街通りの方へと続くうらぶれた路地は、バラック街の様相を呈している。 そして、依頼主である日下部氏の住所は、間違いなく、三軒並びの飲み屋の中の、一軒だったのである。 余命幾許もない身の上で、美しき裸婦画を傍らに、死への恐怖を払拭し、安らかにあの世へ旅立ちたいとの一縷(いちる)の望みを切々と訴えていた日下部氏の住処であるとは到底信じられない心境であった。 しかし、それは抱いていたイメージとかけ離れていたからではなく、重篤で痩せさらばえた病身を横たえている男が此処に住んでいること自体、東京を離れる以前から、もはや信じられなくなっていたからである。 そして、飲み屋の看板横の張り紙・・・「代筆承ります」と墨汁で流麗に認(したた)められ、目立たぬように貼り付けられた一枚の紙が、日下部氏からの依頼文が全くの偽物であるばかりか、この世に存在すらしていなかったこと、また、手紙の往復が何の疑いも差し挟む余地のないままに、滞りなくやりとりされてきた、その一切のからくりを明らかにし、虚構のどん底に陥れられていたことを、残酷過ぎるほどの事実を目の当たりにして、思い知らされる結果となったのである。 初めから信じるに足るものではないとの疑念を抱いていたとはいえ、突きつけられた現実は、あまりにも惨いものであり、極まる邪知によって緻密に練られた戦慄すべき地獄絵図の渦中へと、甘美な誘惑に誘(いざな)われるがままに引き込まれていたことの恐ろしさ、怒り、憎しみ、嘆きが、怒涛の如く噴出する間際にまで追いつめられようとしていたのである。 何の理由があって僕を陥れ、何の理由があってこれほどまでの悪意を、僕に対して抱くようになったのか。極限までの制裁を加えなければ気が済まぬほどの仕打ちを僕がしたというのであろうか。もしそうであるならば、その仕打ちは、誰が聞いても同情し納得し得るような、酷いことであったのか。僕にはその自覚がないばかりか、天に誓っても、そのようなことはなかったと言い切れるのである。 僕は、灯りの洩れる狭い間口の引き戸の隙間から、女の鼻歌と、食器が擦れ合う音が聞こえてくる店内を見た。そして、レールからずれた戸車によってガタガタと振動する引き戸を開け店に入ると、五、六人で満席になりそうな右側のカウンターの向こう側で、幼子を背負った三十がらみの女が小鉢の器を洗っていた。 女は僕を見るなり、憔悴し切ったような青ざめた顔に驚きの色を露わにさせて、 「今日はもう閉めたんだてけど」 と、力なくぼそりと言ったが、僕は架空の人物からの依頼の手紙を、つい今しがたまで居たらしい客の飲み残したコップが二、三置いてあるカウンターの上に開いて、 「これは、あなたが書いた物ですか?」 と問い質した。 女は食器洗いの手を休めると、じっと手紙に視線を落としていたが、その内に深い溜息と共に、店内奥の、二階へと続く階段に向かって、 「ちょっと、お客さんだよ!」 と声を張り上げた。 すると、その声に反応するかのように、何かを引き摺るような音が、湿気で痛んだ、頭の低い、薄い天井板を通して聞こえてきたかと思うと、羽織の下に黒縞の褞袍(どてら)を着た、やはり三十過ぎと思しき男が、びっこを引いた痛々しい姿で、ゆっくりと階段を降りて来た。 予期せぬ闖入者である僕と対峙した男は、無精髭を生やした痩せこけた顔に呆けたような表情を浮かべて、 「おみゃーさん誰だ?」 と尋ねてきた。 黙したまま答えないでいる僕の顔から、 「ほらほら」 と妻が渡した手紙に視線を移しておずおずとそれを受け取り、もう一方の手でボサボサの髪を掻き毟りながら読み進んでいった男の顔が、見る見る内に強張り始めたのである。 「事情を説明して下さい。でなければ、僕はここから出て行きません」 不穏な空気を感じ取ったのか、急に泣き出した背中の赤子を宥めながら、妻がそそくさと逃げるようにして二階に上がって行った。 男は困り果てたように、手紙に視線を落とすでもなく、ただ俯きながらじっとしていた。 そして、右脚を庇(かば)うようにしながらカウンターの椅子に腰掛け、僕にも勧めたが丁重に断った。 「おみゃーさんだったのか・・・」 男は呟くように言葉を洩らし、諦念の溜息を吐いた。 「すまん。ちょおらかすつもりは無かったんだがや。でも、おみゃーさんしか頼む人がおらん言うもんだで・・・」 「いつ、そうやってあの女に頼まれたんですか?」 男は、代筆を頼んで来た相手が女であるとはまだ断言していなかったが、それは聞かずともわかることであった。 「新聞に広告を出したことがあったんだわ。それを見たあの六宮という女が、直接ここに尋ねて来て、代筆してくれって言うもんだでな。去年の・・・八月頃だわ」 去年の八月といえば、「籐椅子の女」と「死の彼方」が入選した、二科展開催の前月であり、依頼の手紙が初めて届いたのは開催して間もない九月の上旬だった。 「住所も使わせてくれと言うもんだで・・・おーじょうこいたよ。よー知らんけど、東京から場所が離れとる方が都合がいいって言うもんだでな。・・・それはやれんと断ったんだけどな、前金で五十円も出すって言うもんだで・・・だもんで、つい・・・」 「そうすると、この一連の手紙は、全てあなたが書いたわけだ」 「ほうだわ。筆跡も違う方がいいって言うもんだでな。でも、手紙の文案は全部、あの女がしたんだわ。事情は知らにゃーが・・・言われた通りのことをやっただけだわ」 悪びれた様子もなく、言われた通りのことをやっただけと口にする男に対し、どれほどの深い失望感に苛まれつつ遥々遠地までやって来たことか、その思いの丈を、怒りの矛先をぶつけてやりたい衝動に駆られたが、鬱屈した僕の感情の捌け口となることを察知し、突然右脚の腿を両手で烈しく擦り始めたのを見て、不自由な生活を強いられている哀れな身の上であることを強調することで、罪の軽減を請うようであるばかりか、寧ろ被害者だと言わんばかりの様子が、ありありと、手に取るようにわかったのである。 この男は、これまでも弱い立場であることを姑息に利用しながら、陽の当たらぬ場末で生き延びてきたに違いない。そう考えると、麗華の手駒となり嘘の手紙を書き続けてきたことによって僕が受けた精神的苦痛が、いかに甚大であったかを知らしめてやろうとすることさえ、もはや無駄な労力のような気がしてくるのであった。 「あの女は何度も此処へ来て、あなたにあれこれと指示をしたわけだ?」 「おみゃーさんから、絵を描くという承諾の返事が来るまで、手紙を書き続けろと言われたんだわ。妙な女だったんだて」 「それで、あの女の連絡先は?あなたは聞いてるはずだ」 男は一瞬躊躇したように見えたが、おもむろに椅子から立ち上がると、 「ちょこっと待ってちょーよ・・・」 と言い、右脚を引き摺りながら、赤子の泣き声が聞こえる二階へ上がって行った。 やがて五分ほど経った頃、男が一枚の紙を手に階下に降りて来た。 「おみゃーさんから、承諾の返事が来たら、ここに電報を打ってくれと言われたんだわ。それ以外、俺は何も・・・」 商店会の引き札の裏に、東京府豊多摩郡杉並町大字天沼の住所が走り書きされていた。 「すまん・・・小遣い稼ぎでやってるもんだで・・・。俺だて、こんな体じゃなけりゃ、こんなことやらにゃーけど・・・。なんぞ、どえりゃあことでもあったんか?」 僕はその問いに答えぬまま、紙を外套のポケットに忍ばせると、男に背を向けて、店を後にした。 再び、寒風吹き荒ぶ、夜の無人の街中へ、彷徨うように、当て所もなく、新天地の大アーチや萬松寺、七ツ寺や歌舞伎座の辺りを、東へ西へ、歩き回りつつ、大通り沿いに小さな宿を一軒見つけ、疲労が蓄積された鉛のような体と、抑え切れぬ不快な心持のまま、そこで夜が明けるのを待ったのであった。
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