地 獄  の接 吻 (46)

 

 明朝目が覚めると、凍り付くような外気に身震いしながら、門扉横の郵便受に挟まっていた新聞を取りに行った。
取り出さないままでいた昨夜の夕刊と、その日の朝刊を手に、六畳間に敷いてある布団の中に戻ると、隣で静かな寝息を立てて眠っている麗華の寝顔を見て、心が安らぐのを感じつつ、新聞を広げ、視線を落とした。
すると、昨夜の夕刊の社会面に、驚くべき記事が掲載されていたのである。
「深川油堀に女の変死体」との見出しの付いた記事がそれであった。
 去る一月三十日の午前十一時頃、深川和倉町の油堀川桟橋で、客を乗せた和倉渡船の船頭が、桟橋から纜(ともづな)を解いて棹(さお)を突くと、川底から女の死体が浮かび上がってきたという。
これが沙織だったのである。
胸には刃物で刺されたような傷が数箇所あり、また、桟橋に係留していた船のへりに血痕が散らばっていたことなどから、船上で刺殺され川に投げ込まれたらしいというのが、警察の推理であった。
降り続いていた雪と、強風により川が波立っていた影響から、一昨日渡船を中止していたことで犯行を可能にし、桟橋の脚柱に引っ掛かっていた死体の発見も遅れてしまったわけである。
ある程度予測していた事件だったとはいえ、こうして現実に起こってしまうと、さすがに驚きを隠せずにいた。
朝刊にも目を通したものの続報が載っていなかったことで、余計に居ても立っても居られなくなった僕は、布団から起き上がると、すぐに背広に着替え外套を羽織った。そして、夕刊の記事を破ってポケットに忍ばせると、穏やかに眠り続けている麗華の枕元に、「用事が出来たので外出する。午後には戻る」との書き置きを残し、中折帽を被り自宅を出て、代々木停車場まで歩き、中央線に乗車したのだった。
 何かに突き動かされるような、衝動的とも言える行動であったのは否めないが、あのまま自宅でじっとしていることなど到底出来そうにもなかったのである。
どんよりとした雲が垂れ込めている空の下、思い思いの色に塗られた屋根、情調的な古い煉瓦壁や新参のコンクリート造の建物、その間から真っ直ぐ伸びる塵埃の立つ砂利道と、市電が行き交うアスファルト道などが窓外に流れていくのを、扉に寄り掛かって眺めながら、むせ返るような通勤客の慌しさを間近に、暗鬱たる思いが徐々にうねりを増して荒れ狂い、突き上がってくるのを感じていた。
次第に魂の冷えるような酷い孤独感に苛まれていき、やがてそれが恐怖に変貌していくと、麗華の許へ無性に引き返したい気分にさせられたが、電車は万世橋を過ぎて、神田に向かっていた。
移り行く高架下の景観の中に溶け込む街並と雑踏を目にしていると、現実世界から隔絶されたような思いを強くしていく。
閉じ込められた空間の中で苦しみ喘いでいる哀れな男の姿が、否応無しにあからさまになっていく感覚に、囚われずにはいられなかったのである。
 終着の東京駅で下車すると、日本橋から市電を乗り継いだ。
茅場町を通って隅田川に架かる永代橋を渡り、濛々と煙を吐き出すセメント工場の煙突や、亜鉛葺きの倉庫、小さな商店が立ち並ぶ情景へと移り変わる窓外を眺めながら、黒江町や門前仲町を過ぎ、不動尊前で降車した。
富岡八幡宮と深川不動の間を北に二町(約二百メートル)ばかり歩くと、富岡門前町と対岸の深川和倉町の間を流れる、川幅十一間(約二十メートル)ほどの油堀川に辿り着いた。
岸沿いには震災を免れた木造二階建の家屋が建ち並び、下流の西の方角には、重厚な黒い瓦屋根に、漆喰の白い壁が眩しい土蔵が並んでいる。そして、死体が発見された対岸の和倉町の船着場から、艪(ろ)を押し引きする半天鉢巻姿の船頭と数人の客を乗せた渡船が、のんびりとこちら側に向かってくるのが見えた。
この長閑な風景を見る限り、殺人事件のあった場所とは到底信じられなかった。
 川岸から細長い板を敷き詰めている桟橋へと続く入り口に、番小屋があるのを見つけると、台板を前に座って煙管を咥えている老齢の番人に、二銭の渡し賃を払いながら話し掛けた。
「新聞で読みましたよ。昨日の午前中、ここで死体が発見されたそうじゃないですか」
バラ銭を箱の中に並べている老人の皺だらけの手が止まった。
「ああ、物騒な世の中になりやがったもんだ。わしゃあ油堀に六十年もいるが、あんなことはこれまでいっぺんもなかった。明治三十年の不動さんの賽日だったな、波で横揺れして客が落っこちたことはあったが、そのいっぺんきりだ」
「一昨日は、雪が降って渡船を中止されて、ここには誰もいなかったそうですね。その日に事件があったと聞きましたが」
「勝手に桟橋まで降りて行きやがったんだろう。昔は雪が降ろうが風が吹こうが、威勢よく往ったり来やがったりしたもんだがなあ。近頃はあちこちに橋が架けられちまったから、ちっとばかし天気が悪くなると、なおさら客足は遠退きやがる。ここからじゃ見えねえが、この先の川下でも架設工事をしてんだよ。白鬚の渡しやら富士見の渡しやらが繁盛してた時代を、あんたは知らんだろうな」
話し相手が出来たとばかりにご満悦の老人は、煙を吐きながら得意気になっていた。
そうこうする内に、先程の渡船が岸に到着して、乗っていた数人の客が船から桟橋へぞろぞろと降り始めていた。
老人に礼を言った後、乗船を待っていた他の二人の客と共に、桟橋を歩いて向こう岸から来たばかりの船に乗った。
舫(もや)った船には、その後客が一人増え、棹(さお)を突っ張りながら声高に出発を告げる船頭の合図と共に、纜(ともづな)を解いた船はゆっくりと岸を離れて行く。
船頭は二、三度棹を突いて艪に持ち替えた。
両岸を眺めながらのんびりと一服する五十がらみの男、顔馴染みなのであろう、気さくに船頭に話し掛ける婦人、へりに寄り掛かりながら足を胸前に抱えるようにして座っている学生風の若い男の三人が、船上の客であった。
風は俄かに冷たさを増し、横顔に吹き付けてくる。船は川の緩やかな流れに交わらないよう、船先の向きを微妙に変えつつ岸に向かっている。川の小さな波間から感じる水面の冷たい風は、柔らかい水の匂いを僅かに含んで、背中や脚に吹き付け、外套を通して、冷気が身体の奥底に沁み渡ってくるようであったが、まるで鉛を呑み込んだようであった重い身体も、静かに流れゆく船の揺れが、真綿で包み込むような心地良さにさせた。
 この時、ふと、僕の脳裏にある記憶が蘇った。
震災の日、火炎に追い詰められ、灼熱地獄のようであった隅田川に飛び込んだ直後、死に物狂いで縋り付いた船のへりの感触・・・朦朧とした意識の中、激しい旋風によって、四方八方から大砲のように飛ばされてくるトタン板や瓦を避けながら、必死に船にしがみ付いていたあの時のことを、震災とはまるで無縁であったかのような平和的な水辺の風景を眺めつつ、回想していたのである。
人々の怒声や叫び声が方々から銅鑼の音のように響き渡る阿鼻叫喚の地獄が、瞼の裏に焼き付いていて離れない。
紅蓮の炎が川面を赤く照らし出し、死体で埋め尽くされた惨々たる光景をも真っ赤に染め上げていた。今にも、油堀川の中から、青白い腕が何本も伸びてきて、助けを乞う人々の亡霊が、船のへりを掴んできそうな気がした。
次第に疲労感を覚え始めた僕は、灰色の空を見上げて深呼吸し、静かに目を閉じた。
「やだよ船頭さん、犯人が隣近所にいたら堪(たま)ったもんじゃないよ」
船頭に話し掛けていた婦人の声によって現実に引き戻された僕は、再び目を開けると耳をそばだてた。
「なあに、余所者に決まってらあ」
「でもさ、殺されたのは地元の娘だっていうじゃないのさ」
「明治小学校の裏手の貸家に住んでたらしいな」
「ほら、やっぱりうちの近所だよ。まったく、なんてぞっとする話なんだろうねえ」
「どうせ痴話喧嘩のもつれってやつだろうよ。ほれ、当るよう」
と船頭が言った瞬間、桟橋に微かに船体を擦り付けながら、沙織の死体が発見された和倉町側の船着場に到着したのである。
他の客が馴れた足取りで桟橋へと降りて行くのを見届けて立ち上がった後、手拭いで首筋の汗を拭っている船頭に声を掛けた。
「今の話なんですが・・・ひょっとして船頭さんは、新聞に載っていた発見者の方ですか?」
日に焼けた浅黒い顔から白い歯がこぼれ、愛想のいい笑いを見せた船頭は首を振った。
「いいや、俺じゃねえよ。うちの若いのが見つけたんだけどな、あれが相当堪(こた)えたんだろう、しばらく休みを取らせてくれって言うもんだから、今日も来てねえんだ。で、お宅は記者かい?」
「いえ、実は、僕は沙織の知り合いなんですが・・・以前、働き口を世話してやったことがありましてね。今日は新聞を見て事件を知り、すぐに飛んできたんです」
「そうなのかい・・・そりゃあ気の毒にな」
「ところで、犯人は何一つ証拠を残さなかったんですか?新聞で読んだ限りでは、それらしいことは一切書いてありませんでしたが・・・」
「証拠といやあ、あの船に娘の血痕が残っていた程度さ。ありゃあもう使い物にならねえんで、そろそろ処分しようかと見切りをつけてた船だったんだよ」
かなり使い込まれたと見える木造の船が、桟橋の陰にひっそりと隠れるように係留していた。あの船上で沙織は胸を刺され、川に投げ込まれたのであろう。
「目撃者もいなかったのですか?」
「そうみたいだな。何せ一昨日はあの雪だったろう。足跡でも残ってりゃあ良かったんだろうが、ずっと降ってやがったしな。おっと、そろそろ客を乗せなきゃなんねえんだ。わりいが、ここまでにしてくんねえか。後で来てくれりゃあまた話してやってもいいぜ」
対岸の富岡まで乗船する客が二人、桟橋を歩いてくるのが見えたので、僕は船頭に礼を言ってその場を後にした。

 

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