地 獄 の 接 吻 (38)

 

 裸婦画制作は滞りなく続けられた。
毎日僕の家に来るのが待ち遠しいとさえ口にするようになった麗華は、午後からの契約であるにも関わらず、ある日を境に午前中から訪れるようになった。
だからと言って早めに取り掛かるわけでもなく、一階の部屋で寛ぎながら、僕の生い立ちや画家になるまでの経緯を事細かに尋ねては、耳をそばだてて熱心に聞き入っていたり、アトリエで絵画を鑑賞したり、時には連れ添って写生に出掛けたりもした。
そして午後になると、艶かしい情欲の芳香を醸し出さずにはおかない、美しくしなやかな曲線を描く白い肢体を露わにして、窓から入り込む僅かな陽射しを浴びながら、究極の美の対象として僕の眼前に立つ。
日を追う毎に官能さが増してくるのは一種の錯覚であろうか、奥底にある動かしがたい欲求が麗華のイメージに影響を及ぼしているのか、それとも、裏面に隠されていた彼女の魅力を、僕が引き出しているからに他ならないのか。
カンバスに一筆一筆絵の具を塗っていき、やがて筆を丁寧に洗って再びパレットの上で細かく動かしながら、色と色を混ぜ合わせていく作業を繰り返していく中で、裸婦画は徐々に形となり、やがて命を吹き込まれようとしていた。
暗黙の親愛の交感によって培われた僕たちの作品は、実像の麗華と共に、日に日に美しさを増していったのである。
 こうしてその年は大晦日まで裸婦画制作を続けた。
依頼主である日下部氏には、制作が順調に進み、来年一月下旬には完成する見通しである旨を手紙で知らせた。 
「和真さん、明日はお正月ですわね。お休みになさるの?」
カーディガンの上に外套を羽織りながら麗華が尋ねてきた。
「勿論だよ」
「あの、わたくし、伯父様には明日もお仕事があると申し上げておりますの」
「えっ。何だってそんなことを」
「明日、わたくしとご一緒していただけませんこと?」
「ご一緒って、何処へ行くんだい?」
「活動映画を観に行きたいんですの」
「崩御のために常設館はまだ自粛しているだろう」
「いえ、三十日にはもう終わっておりますのよ。浅草六区の帝国館で、コリーン・ムーアの活動映画が明日から始まりますの。わたくし、昔から彼女の大ファンですのよ」
「コリーン・ムーア嬢か。僕は何一つ観たことがないな。しかし、君の伯父さんは何も小言を口にしなかったのかい?正月まで君を引っ張り出して仕事させるなんて、僕はとんでもない奴だと思われてるだろうな」
「さようなことはございませんわ。伯父様はとてもお優しい御方ですのよ」
そう言うと、麗華は僕の腕にしがみ付いてきた。
「伯父様のことは、これからも、何のご心配も要りませんわ。ですから、明日はご一緒していただけません?」
「うん、わかったよ。じゃあ、ぜひ行こうじゃないか」
「まあ、嬉しい。じゃ、今日も停車場まで送って下さらない?」

 

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