地 獄 の 接 吻 (37) 「さあ、休憩にしよう。これを羽織るといい」 木綿の浴衣を手に取って、それを麗華の肩から羽織らせた。 「絵を見せていただけません?」 「うん、いいよ。まだ素描の段階だけどね」 浴衣を手繰り寄せながらカンバスの前まで近付き、途中まで素描された絵を目にして微笑んで見せた麗華は、心底うれしそうな声を上げ、感情の高ぶりが抑えられなかったのであろう、僕の右腕を両手で引き寄せ、浴衣から微かに見える乳房の膨らみに腕が触れると、仄(ほの)かな温もりが伝わってきた。 歓喜の発露が形となって現れたその無邪気な振る舞いに、弥が上にも体が火照ってくるのを感じていた。 「和真さんの手で描かれたわたくしの姿ですのね」 「そうだよ。随分喜んでくれるね」 「ええ、初めてのことですから余計に」 「裸婦画を描くのは初めてだから、あまり自信はなかったんだけどね、しかし君にそう言われると安心するよ」 「まあ、それは良かったですわ。わたくしたち、初めて同士ですのね」 まるで、それまでの苦痛の日々の代償であるかのように、この日は時間の流れが極端に早く感じられた。 苦悶の連続であったことから、解放され喜び浸っているひと時の、何と短いことか。 休憩を適度に挟みながらの制作は、あっという間に午後の五時を迎えたことによって、已む無く中断することとなったのである。 「和真さん、明日はどうなさるの?」 服に着替えながら麗華が尋ねてきた。 「明日は休みにしよう。君は初仕事だし、疲れが溜まってもいけないから、最初の内は休みを入れた方がいいだろう。だから明後日来てくれればいい」 「わかりましたわ。同じお時間にお伺いすればよろしいのね?」 「うん、それで構わない」 いまだに一糸纏わぬ裸体の残像が目の前にちらついて、服を身に着けた麗華と重なって見える風であったのは、何とも不思議な感覚であった。 麗華はそれを知ってか知らずか、呆(ほう)けたようにじっと見つめている僕の顔に視線を合わせると、遠慮がちにクスッと笑った。 「和真さん、今日はとても楽しかったですわ」 「僕もだよ。じゃあ、停車場まで送ってあげよう」 「よろしくて?」 「勿論さ。暗い道を一人で帰らせるようなことはしないよ」 「まあ、うれしいわ。和真さんって、お優しい方ですのね」 短い冬の日はとっぷりと暮れて宵闇はかなり暗い。 しんと静まり返った停車場までの道のりは、寒さで身を屈めながら並んで歩く僕と麗華の他には誰もいなかった。 もし誰かがそこを通り過ぎたならば、愉しげに、仲睦まじく会話をする僕たちの姿を見たことであろう。 戻る 38へ |
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