地 獄 の 接 吻 (31)

 

 五日目を迎えた個展に藤城が姿を見せたのは開場から僅か五分後のことであった。
飯坂町で秦の妻君と会った調査員の連絡によると、新聞にはまだ掲載されていないが、殺害された当日の午後五時頃に、明らかに地元の人間ではない都会的な身なりをした女が秦を訪ねて来た、と女中が証言したという。
旅館の入り口で女中が声を掛けると女は届け物をするだけだと言って部屋に入り、それから二十分後、そそくさと帰って行くところを別の女中が目撃していたが、丈の長い外套を着て釣鐘型の帽子を目深に被り、襟巻きで口元を覆った姿であったので人相は定かでないというのである
飯坂署では女が事件に関与しているものと見て捜査を始めたとのことであったが、この女はひょっとすると、須美子を殺した共犯者ではないだろうかと思った。
単独犯でないことを信じていたとはいえ、もしそれが真実であるとするならば、若い女であったことは混迷極まる事件をいよいよ泥沼の淵へと追いやってしまうほどの意外な真実だったと言わざるを得ない。
 しかしこのような根拠なき確信は、動かざる証拠もない状況下で机上の空論を弄んでいるに過ぎないと言われればそれまでであろうし、傍から見れば脆弱で説得力に乏しい飛躍的な考えの上に成り立っている自論に過ぎず、警察にとっては藁一本の重みにすら値しないであろう。
しかし、心の奥に埋められた確信は揺るぎなかったのである。
 藤城が画廊を出て行った後、徐々に個展の客足は伸び始め、それからはいつものことであったが、自分を急き立て休息を与えず心の空虚感を埋めようと、積極的に客に話しかけては忙しく立ち回り、時間の感覚を忘れようと努めた。
 そして、それはアトリエでも同じだったのである。
断頭台のようにそそり立つイーゼルに立て掛けたカンバスと向かい合うことは、心のバランスを保つためであり現実逃避でもあったが、そうしなければ自分を傷つけ、他人に責任を擦り付けてしまうことになりそうで怖かったのだ。
いつか必ず須美子を殺した犯人が捕まることを信じながら、その時が来るまで正常な精神状態を保っておかなければならない。そのために絵筆を持つことが唯一の有効的な手段であったが、個展に展示している作品とは全く異なる絵、画廊に足を運んでくれる客には到底見せられないような絵を描き殴っているに過ぎなかった。
素描もせず、自分が何を表現したいのか模索することもなく、苛立ちや不安な感情をただカンバスにぶつけ、そこから生み出されるものは何の意味も持たないが、隅々まで何層にも塗り固められた絵は、不安を抱えた現在の僕の等身大の表現である。
 鑑賞に堪えない醜い地獄のような絵を毎日描き続けている八畳間のアトリエは、使い切った絵具のチューブやカンバス釘が散らばり足の踏み場もないばかりか、天井近くまで積まれていた画集や美術書が崩れ落ちたのをそのまま放置し、夥(おびただ)しい枚数のカンバスをその上に無造作に積み重ねている有り様で、油絵具の鼻を突く匂いが充満していることも、壁が飛び散った絵具によって汚れていることも全く気にならず、寧ろそうすることによって寂しさが和らぐような錯覚さえ覚えた。
募る焦燥感をカンバスに叩き付け、もしくは感情をどうにか封じ込めては逃避する生活の繰り返しは終焉を迎えることなく、その後もずっと続いていくかのように思われた。そんな絶望感からも目を逸らそうとしていたのである。

 

戻る           32へ