地 獄 の 接 吻 (30) 個展を終えた後、その新聞を持って西神田署を訪れようと思い事前に電話を入れたが、山崎、佐脇両刑事が留守だったので言伝し、そのまま自宅に戻った。 そして郵便受を覗いて見ると、手紙が一通入っていた。 差出人を確認せずとも宛先の筆跡を見れば誰が何のために出したものか一目瞭然であった。 「森下先生御机下 御面識もない私から、かような御手紙を何度も差し上げる無礼をお許し下さい。 先日も御手紙にてお知らせ致しましたが、私は余命幾許もない身でございます。是非に一縷(いちる)の望みと致しまして、先生に裸婦画を描いて頂きたいのです。いやが上にも世の無情を感じざるを得ぬ病身の私にとって、神聖なものへの渇望は日々強くなるばかりでございます。人間にとって何物にも変え難き美しさを示すものは、白く美しい艶めく肌を持つ女性、なかんずく若い女性が持つあの至高の美、あれこそが芸術の原点であり、奥深き裸婦画を更なる芸術の高みへと導くものであります。その輝きは死の影を払い落とし、美しさのあまり暗雲は燃え尽きてしまうほどでありましょう。 病魔に冒され死を待つだけの孤独な私を看取る者は一人としておりません。先生の絵筆によって描かれた美しき裸婦画を傍らにして、死への恐怖を払拭し、安らかにあの世へ旅立ちたいとの最期の切なる願いを叶えては下さいませんか。謝礼はいくらでもお支払い致します。何卒御願い申し上げます。 大正十五年十二月十二日 名古屋市大須門前町 日下部文治」 手紙を読み終えた僕は、これまで通り断りの文面を書こうという気持ちにはならなかった。 日下部氏への同情の念によって今更思い直したわけではなく、ただ自分のために描いていたいという欲求を解消し得ることが出来るならば、承諾してもよいかもしれないと思ったのである。 この抑圧された最奥からの情感をカンバスという空白にぶつけながら、女の裸体という動かしがたい形式美を描いていくことに深遠たる興味を感じ始めた。 明らかに須美子の死がなければ到底行き着くことのなかった境地であろうが、これも刻一刻と死への秒読みが非情にも始まりつつある日下部氏の切なる願いと、僕自身の欲求の捌け口とが見事に合致した結果であった。 そこで僕は早速文机を前にして手紙を書いたのである。 「日下部文治様 その後の御加減は如何でしょうか。 いまだ未熟な画家でありますが故に、御依頼を頂戴すること自体甚だ心苦しい限りですが、熟考に熟考を重ねました末、お引き受けさせていただくことに致しました。 先の御手紙に切々としたためておられました裸婦画への慈しみに満ちたお言葉が骨身に染み、せめて肩書きに恥じぬような最大限の筆力を遺憾なく発揮して参る所存で居ります。 但し、遠方での打ち合わせは実質的に困難と思われますので、御依頼文に沿って描いて参ります。この手紙を一読されましたならば、イメージや大きさ等の詳細をお送り頂きます様御願い申し上げます。 大正十五年十二月十五日 東京府豊多摩郡千駄ヶ谷町 森下和真」 戻る 31へ |
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