地 獄 の 接 吻 (13)

 

 地面を擦るほどに差し広げられた低い枝や高い梢に、花房が重たげに揺れていた桜が散り、真夏の夜の夢も幻のように次々と現れては消えていった頃、出品した四点の絵画が全て入選したとの報せが二科会より届いたのである。
遅筆の僕が半年の間に十枚以上の絵画を描き上げたことは今までになかったことで、これも万事陰になり日なたとなって支えてくれた須美子と、経済的不安を軽減してくれた江口氏に拠るところが大きいことは言うまでもない。
その十数点の中から選んだ二点と、「籐椅子の女」「死の彼方」を合わせた計四点の絵画を出品する運びとなったわけである。
 大正期では最後となった第十三回二科展が開催された上野の森美術館の会場へ、仕事の都合で来れずにいた須美子を伴って訪れたのは三日目のことであった。
見学者で通路が一杯になるほどの盛況ぶりに、初めて訪れた彼女は熱気と絵の具の匂いが充満して息苦しいと滅多に口にしない愚痴を零してしまうほどだったが、見渡したところ、高名な先生方に批評を請う一般出品者が引きも切らない状況で、それに絵画の知識は皆無だが招待を受け義理で見に来たといった感じの親族や友人が殆どのようであるのは相変わらずであった。
僕の絵画を含めた入選作品五十三点は一階最奥の壁にずらりと並べられていた。
すると、白麻の背広服にカンカン帽を被った友人の大場君が長椅子に座って、革靴を履いた両足を投げ出し寛いでいるのを真っ先に見つけた僕は、彼に声を掛けたのである。
「よお、森下の若旦那。おっ、今日は奥様ご同伴だね」
大場君は、紬と絽の羽織に扇子を持った僕を見るなりこう冷やかした。
「これはこれは奥様、やっとお目に掛かれましたね。大場と申します」
袖模様の着物の美しさを称えながらうやうやしく頭を垂れると、歯切れのいい口調そのままに入選を祝してくれたが、大場君も二作品が入選し、その上共に二科会会友に推挙されることが決まっていたのである。
世辞も社交もあまり得意でない僕とは違い、見聞が広く仲間や崇拝者を賑やかに集めることを好む大場君は、貧しい漁師の家に生まれ、上京後下宿屋を転々としながら刻苦勉励を重ねてきた経歴をまるで感じさせないほどの、屈託のない明朗な男である。
しかし、絵画の本質は何かという内省的な態度で絶えず観念の世界との繋がりを追求している画家でもあり、それは作品に色濃く反映されていて、抑制の効いた美しい色彩による抽象的絵画がその全てを物語っている。
大場君は、物腰柔らかく人好きのする穏やかな笑顔を浮かべながら僕の作品を褒めてくれ、中でも「籐椅子の女」を絶賛してくれていた。
「この繊細さ、静けさ。いいじゃないか。森下君の愛情がカンバスに満ち溢れてるようだよ」
「今日は妻がいるからっていいことを言ってくれるじゃないか。昔はアトリエに来る度に馬鹿にしてくれたよなあ」
「人のことが言えた義理か。須美子さん、森下君は酷い奴なんです。俺が浅草の下宿にいた頃なんですがね、留守中描きかけの絵を勝手に完成させて『絵とはこう描くものだ』と書き置きを残して帰っちまったんですよ」
「まあ呆れちゃう。あなたって人は」
「おいおい、須美子、その前に僕は大場君に一杯食わされてるんだよ。知人から貰った赤玉ポートワインのボトルを、静物画に描くから貸してくれと言いながら、持ち帰って飲んでしまったんだ。とんでもない奴だろう?」
「君は酒が飲めないじゃないか。だから俺が代わりに飲んでやったんだよ」
僕と大場君のやりとりを聞いて声を上げて笑っていた須美子が、ふと背後に人の気配を感じたのだろう、くるりと後ろを振り返った。
僕もそれにつられるように背後に視線を移すと、上背のある体躯の大きな堂々たる風采の男が立っていた。
年の頃は四十代半ばであろうか、山高帽を被り、折り目正しい黒の背広を着し、襟の高いシャツにはネクタイをしてよく磨かれた黒のエナメル靴を履いている。左手に手提げ式鞄を持ち、右手に持ったステッキで床をコツコツ叩きながら、壁の絵画と僕を鋭い眼差しで交互に見やると軽く一礼した。

 

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