地 獄 の 接 吻(10) 僕たちの千駄ヶ谷での新婚生活は順調そのものであった。 新居は代々木の停車場から東へ五町ばかり、震災前にはなかった新築の大きな洋館と大きい薊鉄の植込、暖簾を外に張り出した呉服屋と蔵、軍人の邸宅などが立ち並ぶ千駄ヶ谷通りを行くと、間口の広い時計店と道に突き出た共同井戸のある角を曲がれば、震災の痛手を殆ど感じさせない長閑な田畝道に差し掛かり、古い茅葺の家が点在する並木道の先、「貸家有り」の看板が入り口に吊るされた下町への路地を隔てた所に家主の邸宅が建ち、新建ちの独立貸家が数軒あるのはその並びで、僕たちの住まいはその内の一軒である。 一階の南側の六畳間には縁側が付いて庭もあり、その奥には四畳半の部屋と板間の台所、二階の八畳間がアトリエで東南の窓からは陽を浴びて安閑としている風景が見渡せた。 僕は三島で描きかけだった自画像を完成させていたのだが、「籐椅子の女」が力作だったのに比べ、「ある市民」と題した自画像は明らかに凡作の域を脱しない苦心の作となった。 自画像はパレットと絵筆は手にしているが画家としての個性はなるべく主張せず、喜悦の表情を薄っすらと浮かべている僕がそこにいるのだが、観る人がこの絵の内面に少しでも触れたいとする欲求を覚えるのかどうかが疑問であった。 「この絵のあなたは何を喜んでいるのかしら?」 胸高に腕を組み納得がいかぬと言わんばかりのしかめっ面をして分身と向き合う僕の肩越しから須美子が言った。 真っ赤な長襦袢の袖から白い腕が伸びて僕の肩に触れ、その暖かく細い手首を握って指先に軽く口づけをすると、体を後ろに反らして背後から自画像を眺めている須美子を見上げた。 「勿論君との結婚だよ。でも、自分の表現で自分自身を描くというのは骨の折れる仕事なんだ。どうも満足な絵にならないな」 「そんなに悪く仰らなくても。わたしはいいと思いますよ。未練を感じて時間を使うより、切り上げて次の絵に取り掛かってみてはどうですか?」 「いやあ君の言う通りだよ。絵画というやつは画家の意識を反映するものだからね。惰性で手を加えても意味がないし、枝葉末節な見かけばかり気にしてても仕方ない。一向に終わりのない世界だから」 その頃は春になったばかりの時期で、二科展まではまだ数ヶ月あったわけだが、須美子は僕の作品への裁定が下される日を今か今かと待ち侘びている風で、むしろ僕よりも落ち着きをなくしそわそわしていた。 特に「籐椅子の女」への愛着は余程であったらしく、暇さえあれば何時間でも眺めていることも珍しくはなかったのだが、この作品への自信をただらなぬものに変えてくれたのは須美子だけではなく、三島から何度か手紙のやりとりを繰り返していた江口氏もその一人であった。 戻る 11へ |
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