さまよう女 僕が夜行バスに乗ったのはその日が初めてだった。 それまでは殆ど自家用車か、でなければ特急列車に乗って里帰りしていたのだが、無性に故郷が恋しくなって、気がついたら仕事を終えたその足で、何も持たずに、バスターミナルの発券窓口で乗車券を購入し、その直後にはバスに揺られていたというわけだった。 僕は何の計画もなしに、突発的に、そういうことをする癖がある。 つまり、大学を卒業後上京して八年になるが、都会の生活に嫌気がさしていて、無表情で冷たい人々の雑踏と喧騒の中で暮らしていくことに、疲れ果ててしまうことが多々あったからだ。 孤独感に苛まれながら過ごす日々は僕を苦しめる一方で、そんな時に帰郷すると心を浄化してくれる。 しかししばらくすると僕はまた何もかもが嫌になり、故郷への想いを募らせる。僕の人生はその繰り返しだった。 心にぽっかりと大きな穴が空いてしまって、そこには常に冷たい風が吹き抜けていき、空虚で無意味な時間だけが過ぎ去っていくばかりだった。 人の温もりが欲しかった。僕はそれを求めて、バスに乗った。 九月も終わりに近付いていた土曜日の、午後十時頃、東京を出発したバスは、そんな虚ろな僕を乗せて夜の街中を走り出した。 発車後すぐに消灯し、暗い車内では早くも寝息を立て始めた乗客もいた。 僕は全く眠れる気がしなかったので、リクライニングシートを少し倒し、靴を脱いで、備えられていたスリッパに履き替え、ヘッドホンを付けて、マルチステレオから流れてくるクラシック音楽を静かに聴いてリラックスしていた。 バスのシートは、夜行バスでよく見られるような、一席ずつ独立している車両ではなく、そのレイアウトは観光バス仕様になっていて、つまり僕のすぐ隣の、窓際の席には、四十代と思しき女性が、膝掛けをして座っていた。 白のプルオーバーの上にベージュのカーディガンを着て、その上に少しかかる程度の髪の毛は艶がなく、ひどく痛んでいるように見えた。しかし、目鼻立ちがはっきりしたその顔は知的な感じがして、どことなく人を寄せ付けない雰囲気、一歩も立ち入らせたくないという厳然とした空気が漂っていて、僕にはそれが痛いほど伝わってきた。 彼女は、車内に流れているビデオ映画を観ていた。音声は流れていないので、ヘッドホンを付けていた。 僕はしばらく目を閉じて音楽を聴いていたが、再び隣席の彼女にちらりと視線を移すと、偶然にも、彼女もちょうどその時、僕を見たのだった。 「お仕事で、金沢へ行かれるのですか?」 気恥ずかしさのため目を逸らそうとした僕に、彼女は問いかけてきた。 お仕事で、と尋ねてきたが無理もない。僕は仕事を終えてからバスに乗ったので、Yシャツを着ていたのだ。 僕は、声を掛けられたことの驚きを隠せないまま、苦笑して首を振った。 「いえ。実家へ帰るんですよ」 「そうですか・・・いつもバスですか?」 「今日はたまたまです」 「そうですか」 彼女はそう言うと、窓の向こうに視線を移し、高速道路から時折覗く街の夜景を眺め始めた。 彼女はまた自分の世界に入り込み、安易にそこに足を踏み入れてはいけないと思いつつ、僕はしばらくの間、次は何を話題にして話しかけたものかと考えていたが、それから一時間程経つと、僕はいつの間にか寝入ってしまった。 起きた時は既に朝の五時を回っていて、ふと隣に目をやると、彼女も窓にもたれかかるようにして眠っていた。 僕は付けっぱなしだったヘッドホンを外すと立ち上がり、トイレに行ったが、やがてそこから戻ってきた時、彼女は目を覚ましていて、缶コーヒーを口にしながら、シートに座った僕を見た。 「おはようございます」 僕は彼女に挨拶をした。彼女は少し微笑んでそれに答えた。 「よく眠れましたか?」 と僕は尋ねた。 「ええ。映画を観ている内に眠ってしまったようです」 僕も、音楽を聴いている内に眠ってしまったようです、と話そうとしたが、彼女は体を窓際に傾けて、口を閉ざしてしまった。 僕はリクライニングシートを元の位置まで戻してから、明るくなりかけてきた、外の景観に目を移し、そうしながら時折彼女の背中を見つめ、再び眠りに入っていった。 次に僕が起きたのは、バスがちょうど金沢に到着した八時頃だった。僕は欠伸をしながら体を伸ばし、やがて立ち上がると、荷棚から鞄を下ろした。荷棚には他に、黒い大きなバッグがあって、それはきっと隣の女性の物に違いなかった。 他の乗客も皆立ち上がって、バスの中は一気に忙しい雰囲気になった。 隣の彼女はまだ窓の向こうを眺めていた。 僕は最後に、彼女に向かって、 「よい休暇をお過ごし下さい」 と声をかけた。 彼女は振り向いて少し頭を下げて礼を述べ、再びその視線は、窓の向こうへと移った。 僕はバスから金沢の地に降り立った。何度訪れようとも僕の心を和ませてくれる故郷の地に。 そしてその瞬間から今日まで、彼女のことを思い出したことは一度もなかった。しかし振り返ってみて、思っていた以上に、実に鮮明に記憶に残っていたことに、我ながら驚いてもいる。 私がそのお客様をお乗せましたのが、午前八時二十分を回った頃でございましょうか。 私は隔日勤務をしておりまして、あの土曜日は出番だったのでございますが、だいたいその時間帯にはいつも、金沢駅前におりました。 その日の朝は、ご婦人方を三名、兼六園までお乗せ致しまして、再び駅前に戻ってきた直後に、そのお客様がお乗りになったのでございます。 実は私は、その日が最後の出番でございました。齢六十五の体には、そろそろ運転手の仕事にも限界を感じ始めておりましたので、その日を最後に、退職することになっておりました。一抹の寂しい気持ちも拭えませんでしたが、二日後には、妻と十年ぶりの小旅行に出掛ける予定もございましたので、多少浮ついた気持ちでいたのでございます。 そういうわけでございますので、その日は私にとって、特別な日でもあったものですから、そのお客様のことはよく憶えておりました。 私の車にお乗りになった時、私はすぐにそのご婦人が、地元の人間ではないとすぐにわかりました。これは運転手の直感というものです。なぜかと問われましてもうまく説明できませんが、私にはわかったのです。 ご婦人は大きな黒いバッグを肩から提げておられて、それにしても旅行にいらっしゃったという雰囲気は、微塵も感じられなかったのでございます。 ご婦人は車にお乗りになって、しばらくシートに座ったまま、行き先を告げられませんでした。 私は不思議に思いまして、バックミラーでご婦人を見ますと、何やら窓の方へ視線を向けたまま、物思いに耽っているように見受けられたものですから、しばし沈黙が流れたのでございます。 するとご婦人は、おもむろに、私の方を見るでもなく、 「金沢港まで」 と口にされました。 私は車を走らせまして、そのまま金沢港まで向かいました。 金沢駅から港まで、おおよそ十分程度でございます。 ご婦人はその間、何をするでもなく、ただ外を眺めておられました。どこか翳のあるご婦人という印象でございましたが、取っ付き難いという感じはございませんでした。深く思い悩んでいる故にご自分の世界に入り込んで周りが見えなくなるということは、誰しもよくあることだとは思いますが、まさにご婦人は、そのように見受けられたのでございます。 私は基本的に、お客様に話しかけるようなことは一切致しません。お客様がお一人の場合でもそうです。と申しますのも、タクシーにお乗りになっている間は、ほっと一息吐かれてしばし休息なさるお客様もいらっしゃれば、その僅かな時間内に、何かに没頭されるお客様もいらっしゃいますので、安易に話しかけるようなことは致しません。これも、長年の経験によって培ったものでございますが、そのご婦人も、安易に話しかけられることを拒んでおられるのが、私にはよくわかったのでございます。 金沢港に到着してすぐでございましょうか。ご婦人は窓に張り付くようにして景観を眺めておられました。私はてっきり、そこで降りられるものと思っておりましたので、ドアを開けようとしたのですが、ご婦人は、 「浅野川まで行って下さい」 と言われたのです。 「浅野川の、どの辺りでしょうか?」 と私が尋ねますと、 「何処でも結構です。浅野川沿いに走っていただけますか?」 と答えられました。 私は車を走らせて、再び来た道を戻り始めました。 最後の出番の日に、風変わりなお客様を乗せたものだと考えておりましたが、しかしこれもきっと、何かのご縁に他ならないと、一方では自分に言い聞かせもしたのでございます。 やがて浅野川が見えるところまでやって来ますと、ご婦人はずっと川の方を見ておられました。 浅野川を愛しそうに眺めているご婦人のために、私はなるべくスピードを落としながら車を走らせておりましたが、ちょうど浅野川大橋が見える頃になりますと、突然、 「停めて下さい」 と言われました。 私が車を停めますと、ご婦人はメーターに表示されている乗車賃以上の額を支払われ、 「お釣りは結構です。ありがとうございました」 とだけ言い残して、車から降りて行かれました。それが最後でございました。 金沢に観光に来たのは、あの日が初めてだった。 わたしと友人の一美は、有給休暇をとって、金沢を訪れた。 わたしたちは旭川に本社のある、アパレルメーカーに勤めていて、共に事務職をしているが、旅行については以前から一美と計画を立てていて、お互い歴史の名残を留めた街を散策してみたいという一致した意見もあり、当初は京都へ行くつもりだったが、一美は二年前に行ったばかりだというので、こうして金沢の地を訪れたというわけだった。 三十代をとうに過ぎた独身女の二人旅というものは、傍目にはどう映るのだろう。 わたしたちは一向に気にしていなかったが、両親からはよく揶揄された。 しかし、女の二人旅というものは、変に気を使う必要もない、実に気軽で楽しいひと時なのだ。 わたしと一美は三泊四日の旅を満喫していたところだった。 あの、一ヶ月前の土曜日は、旅行に来て二日目だった。わたしたちは浅野川付近を散策していた。時間はちょうど、午前九時を廻った頃だろうか。 主計町の茶屋街の、古い料亭が建ち並ぶ静かな佇まいを、時にはカメラに収めたりしながら、わたしたちは川沿いの、緑の芝が敷き詰めてある道を歩き、南東の方角へ向かっているところだった。 その時、浅野川大橋の橋詰めにある、火の見やぐらの辺りで、タクシーが一台、停まっているのが目に入った。 後部座席からは黒い大きなバッグを提げた女の人が降りてきて、その人はそのまま浅野川大橋に向かって歩いて行った。 私たちがその時点で、彼女のことを記憶に留めた理由はただ一つで、それはカーディガンにスカートという服装から、肩から提げていた黒のバッグがあまりにも大きく、とても不釣合いに思えて、それが印象に残ったからだ。 わたしは何も言わなかったが、友人の一美の方が気になったらしく、 「あれ、変ね」 と一言洩らしたことも憶えている。 わたしたちは、対岸のひがし茶屋街に行くことにしていたので、バッグを提げた女の人の後を追うように、三連アーチ型で風情ある浅野川大橋を渡ろうとした。 わたしたちが橋を歩き始めた時、あの女性は、その真ん中辺りで、橋から川を覗き込むようにして立っていた。 わたしたちは何の気なしに彼女の様子をただ眺めていただけだったが、近付くにつれて、どうも尋常ではないような空気を感じ取った。 それは、橋の欄干の上から身を乗り出して、今にも川に飛び込まんとするように思えたからで、わたしたちは思わず、その場に立ち止まってしまった。 咄嗟に声をかけたのは一美の方だった。 「あの、すみませんが」 女性は、一美の声に気付き、欄干から離れるなり振り返って私たちを見た。 女性は、とても思いつめたような顔をしていた。綺麗な人だったが、顔は少しやつれていて青白く、物憂げな表情でわたしたちを見るその瞳は輝きを失っているように見えた。 わたしたちは、彼女が何を言い出すのかと待ったが、ただじっと見据えているだけで無言だったので、我慢出来ずにわたしが先に口を開いた。 「お一人でご旅行に来られたのですか?」 こう尋ねると、彼女はただ一言、 「ええ」 とだけ答えた。 近くで見ると四十歳前後のように思われたが、実際はもっと若いかもしれない。ひょっとすると、わたしとあまり変わらないかもしれない。 そう思うと、妙な親近感というものは湧いてくるもので、特に旅先で、見ず知らずの人に接すると、それが顕著になる。 一美もそれを感じていたようで、なぜならわたしが言おうとしていたことを、先に口にしたからだ。 「ご一緒に、どうですか?これからひがし茶屋街を見に行くんですけど」 口調は穏やかだが、緊張の糸が張り詰めたままであることは、わたしにもわかっていた。 女性はしばらく考えているようだった。わたしたちは、彼女が何を言い出すのかと、しばらくそのまま待っていたが、やがてその口から突いて出た言葉は、誰も予測し得なかったものだった。 「私たち・・・心中しようと思ったんです」 それを聞いたわたしたちは、驚いてその場に凍り付いてしまった。 「でもそれが果たせず・・・こうしてここに」 わたしは一美と顔を見合わせては、どうしたものかと目配せし合った。 「そうだったんですか・・・詳しくはお伺いしませんが・・・でも、今はこうしてちゃんと、元気でいらっしゃるんですから、良かったじゃないですか」 わたしはこう言うのが精一杯だった。 「そうですよ」 一美がそれに続いてくれた。 「そうでなければ、こうしてわたしたちと出会えなかったんですから。ね、智子?」 わたしは、 「そうね、一美の言う通り」 と言ったが、その声はどこかうわずっていた。 「とりあえず歩きませんか?ご一緒に・・・向こうへ」 彼女の腕に触れて導くようにしながら一美が言うと、彼女は素直にそれに応じた。 わたしたちは敢えて尋ねるようなことはしなかったが、一緒に歩き出してからというもの、ここに至るまでの経緯を、彼女から話し始めてきた。 わたしは二人の後ろを歩いていたこともあり、また囁くような小声で一美に話していたようだったので、よく聞き取れなかった。 私を気遣う二人の女性と共に、私は浅野川大橋を渡っていた。そして私は、私の隣にいた一美という名の女性に話をした。 三年前、私と昌司さんが出会ったのは、ここ金沢だった。 昌司さんは、紋章上絵師(うわえし)という、代々着物に手書きで家紋を描く職人の家柄だった。若い頃父親に弟子入りし、一人前になるには十年かかるといわれていた、気が滅入るような作業を、毎日コツコツと、続けていたそうだ。 ちょうど父親が引退し、その後を受け継ぐようになった頃、私と出会った。 私は、金沢のある料亭で女中として働いていた。三年前、私が部屋に食事を運んだ際、激昂して怒鳴り散らしている男がいた。着物を着た、恰幅のいい年配の男で、その向かい側に、必死に手をついて謝っている若い男がいた。 それが昌司さんだった。 家紋は、染め上がった反物に最後に描き込むもので、そこで失敗したら、それまでにかかった費用の全額を、弁償しなくてはならなかった。大変な作家の手によるものだと、一千万近い額になり、その損失は莫大だった。しかしそれよりも、信用を失墜させることの方が甚大だった。 つまり、昌司さんは、致命的な失敗をしてしまった。 恰幅のいい男性は、腕の悪い男だと罵って、昌司さんを追い出してしまった。 仕事の依頼がなく廃業する職人もいる中で、信用を一気に失ってしまった昌司さんの胸中は推し量れない。 私は、その時、昌司さんが職人であることも、なぜ叱責されていたのか、その理由も知らないまま、部屋から逃げるようにして出て行った昌司さんに声をかけた。 「・・・どうさなさったのですか?」 心配して声をかけてもらったのが余程うれしかったのか、昌司さんは私を見るなり、急に泣き出してしまった。 出会ったばかりであるのに、私たちの距離は一気に狭まって、事情を全て聞いた私は、昌司さんに同情した。 結局、昌司さんは、それから間もなくして廃業し、私のところに転がり込んできた。 その日から、私たちの奇妙な共同生活が始まった。 昌司さんは仕事もせず、私の家で、病人のように床に伏したまま、黙々と煙草を吸い続けるだけの毎日だった。 私は、昌司さんが奈落の底へと突き落とされる、そのきっかけとなったあの現場に居合わせたために、誰よりも、その無念さを、痛いほど感じることが出来た。 受け継がれてきた仕事を自分の代で廃業に追い込んでしまった悔しさ、悲しみ、やりきれなさが混在した複雑な気持ちを、誰にぶつけるわけでもなく、廃人のように暮らしていくことで、自分の中で消化しようと思っていたに違いなかった。 だから私は何も言わなかった。 そして、私たちは毎夜愛し合った。お互いの体を貪り合い、時が経つのを忘れるほど、何度も求め合った。 それから一年が過ぎたある日のこと。私が七年間勤めていた料亭が火事に遭って全焼してしまった。 「俺がやったんだ」 と次の日、昌司さんが私に告げた。 私はそのことを誰にも告げなかったし、他の仕事に就くこともしなかった。 昌司さんが欲したように、私もずっと、一緒にいたかったからだ。私の中で、何かが壊れた瞬間だった。 ひょっとすると、それはずっと、密かに、私が待ち望んでいたものだったのかもしれない。 それを、昌司さんが引き出してくれたのかもしれなかった。 それから私たちは金沢の地を去り、東京に移り住んだ。 東京は私が生まれ育った土地だった。 私たちはそこでも変わらず、朝から夜中まで、そして時には次の朝まで愛し合った。 貪り尽くしても足りないほどに、愛し合った。 私の体から流れ出る汗が、彼の汗と交わって、それが二人の間に何度も滴り落ちるのを感じていた。 その上を、私たちは何度も交わり合い、愛の言葉を囁き合い、そしてほとばしる情感をぶつけ合い、愛欲の全てを出し切った。 「京子・・・俺は気が狂いそうだ。気が狂いそうになるほど、君を欲している」 昌司さんはいつも、こう言ってくれた。 それから更に一年が過ぎたある日のことだった。 何処でどう調べてきたのか、私たちのところに、昌司さんの奥さんが訪れた。 私は昌司さんに奥さんがいることは知っていた。一度は彼を見切って家を飛び出したことも知っていた。 ちょうどその時に、彼は私のところに転がり込んできたのだから。 彼女は弁護士に依頼して、離婚の手続きを進めていると言った。その際、慰謝料を請求する旨の話を始めた。 昌司さんは奥さんの手を引っ張り、家を飛び出して行った。私はその場に残って、昌司さんが戻ってくるのを待った。 しかし、一週間経っても、昌司さんは戻って来なかった。 私は昌司さんを探した。夜の街をさまよい歩き、昌司さんを探し求めた。 なぜ戻ってこないのか、どうして連絡もくれないのか、その理由をあれこれ考えるだけで、私の頭はどうにかなりそうだった。 ところが、ちょうどその頃、思いもかけず、昌司さんが帰って来た。 「京子・・・。俺はあいつを殺してしまった」 と昌司さんは言った。 いつの間にか、骨と皮だけのようになってしまった彼を、魂の抜け殻のようになってしまって、生気のない目に微かに涙を溜めている彼を、私は愛しい想いで見つめて、優しく引き寄せ、抱いてあげた。 「もう生きてはいけない。おしまいだ・・・・。一緒に死んでくれ。頼む。京子。一緒に死んでくれ!」 嗚咽しながら、私の中で崩れ落ちていく彼の耳元で、私は、いいわ、と言った。 その時、彼は安堵したのか、体から力が落ちていくのが肌で感じられた。 そして私たちは、最後にもう一度、愛し合った。 「これで一思いに死ぬ。お前が死ぬところを見れば俺も安心するが、俺にはお前を殺すことが出来ない。俺の後についてきてくれ」 無造作に脱ぎ捨ててあった着物の下に隠していたのだろうか、昌司さんはそこから包丁を手にすると、それを自分の首に突き刺して、命を絶った。 鮮血を浴びた私は目を背ける間もなく、布団の上で、力なく仰向けに倒れた昌司さんの最後の姿を見届けた。 私は昌司さんが握ったままだった包丁を手にすると、彼と同じように、咽喉目がけて刃を突き立てた。 しかし、私は思い止まってしまった。 何度そうしようとしても出来なかった。 思い切れないのは、一体何のためなのか。自問しても答えなど得られなかった。 ただ、私は恐かった。それが出来ない自分を怨んだ。そして昌司さんの上に覆い被さって、延々と咽び泣いた。 「お前の死ぬところを見れば俺も安心する」 私は、その決心がつくのをひたすら待った。 「お前の死ぬところを見れば俺も安心する」 その、昌司さんの言葉は、ずっと私の頭の中で繰り返されている。それは今でも、一向に止むことがなかった。 友人の智子はわたしたちの後ろを歩いていた。そしてわたしは、その自殺志願の女性の腕に触れながら、半ば支えるようにして、並んで歩いていた。 その時、彼女はわたしに話をしてくれたが、それは到底信じ難い話だった。 しかしそれが真実であれ妄想であれ、わたしにとっては大した問題ではないように思われた。 理由がどうであれ、情緒不安定らしいこの女性を、一人にすることだけは避けなければならない、との思いだけが強かった。 だからわたしは彼女を、より安全な場所に連れていくべきだと考えた。智子の意見を聞くまでもないと感じた。 わたしはその前に、彼女が重そうに抱えているバッグを持ってあげようと思い、 「京子さん。ところで、それ、わたしが持ってあげましょうか」 と少し手を伸ばしかけながら尋ねたのだが、 「やめてください!」 と怒鳴り、バッグを引いて、強硬に断ってきた。 その時、バッグの中で、ゴロンと、何か重々しいものが、転がるような音が聞こえた。 わたしはこの時、 「お前が死ぬところを見れば俺も安心する」 と言い残した、彼女の情夫の言葉が頭をよぎって、うろたえてしまった。 「どうしたの?一美」 わたしたち二人のやりとりを、背後から見守っていた智子が歩み寄ってきて、よろけるように後退りしたわたしを支えてくれた。 その隙に、彼女はわたしたちの許から離れて行ってしまった。 余計なことを言ってしまったと後悔もしたが、それよりも恐怖の方が先立って、二度と彼女と関わるものかと思うようになった。 智子だけが彼女の後を追って行こうとしたが、わたしはそれを制止した。 智子は訳がわからずに、ただ呆然とわたしを見るばかりだった。 それから彼女がどうなってしまったのか、わたしは知らない。 戻る HOME |
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