鋸山奇談

 

 房総半島南部に位置する、鋸南町と富津市の境にある鋸山は、標高およそ三三〇メートルあり、鋸の歯のような断崖が連なっていることからそう呼ばれる。
古来より石切場として栄え、切り出された石は港から全国へと運ばれていた。
鋸山の中腹には、日本寺の千五百羅漢の石仏があり、山を下れば薬師瑠璃光如来と称される三一メートルの大仏が姿を見せる。
どちらも、江戸時代の名工、上総桜井の大野甚五郎英令が、二十七人の門弟らと共に、生涯をかけて刻んだものであった。
そして、石切場の岩壁は、コンクリートの建造物と見紛うほどの、綺麗な垂直の壁になっており、所々では、石工たちの道具であったノミの痕跡を、今でも見ることが出来る。
そしてその岩壁には、今でもひっそりと、ある二つの名が彫られたままになっている。

  現在は富津市金谷、江戸時代の天明五年(一七八五年)には金谷村と呼ばれていたその地に、若い石工の賢吾という男が住んでいた。
賢吾は、鋸山の千五百羅漢の石仏と大仏を刻んだ、二十八人の石工の中の一人であり、その年の天明五年には既に、大仏は彫り終えていたが、千五百羅漢の石仏はまだ完成していなかったため、毎日鋸山に登っては、括り袴に草鞋履きの恰好で、右手に槌、左手に石切ノミを持ち、石に細工を施す仕事を続けていた。 
他の石職人たちも、タガネを入れて槌で石を打ったり、叩いたりしていたので、キーンキーンという甲高い音が、山の至る所まで、一日中響き渡っていた。
 山の南麓にある保田村の住民らは、山で働く石工たちのために、毎日握り飯を作って、それを山の中腹まで届けていた。
その役目を担ったのは、なつ江という花屋の娘で、石工たちはそのひと時を、何よりも心待ちにしていた。
賢吾がなつ江と親しくなったのもその頃である。
賢吾は、あまり歳の差のない、若く美しいなつ江に惹かれて、またなつ江のほうも、名工大野甚五郎英令に弟子入りした、若い賢吾の、ひたむきな職人気質の性格に、新鮮な気持ちを抱いて、やがてそれは、偽りのない愛となって二人の距離を更に縮めることになった。
日本水仙の一大生産地である保田村に住むなつ江は、家業のため、飯を届けた後はすぐに山を下り、武家屋敷や商家を回って花を売り歩かねばならなかった。
また、他の石工たちの、好奇の目に晒されることも嫌ったので、二人が言葉を交わせる時間は、ひじょうに限られていたのである。
それでも、なつ江は、握り飯を持ち、山に登って、賢吾に会いに行けることを、毎日楽しみにしていた。
賢吾は、なつ江がやって来そうな頃合になると、麓の方角に何度も目をやっては、つい石彫りの手を休めてしまっていた。
師匠の大野は、そんな賢吾の様子に気付いて厳しく注意した。
「お前の心の迷いは、石を見ずとも音を聞いただけでわかる。
それはもしやすると、石工としてのお前の将来を変えかねない。それを恐れるならば、石に命を吹き込むことを怠るな」
師匠は、花売りの娘にすっかり心を奪われていることを心配してこう言ったのだが、賢吾にとってその叱責は、彼をひどく落胆させる以外の、何ものでもなかった。
それどころか、石工の中で唯一人、なつ江と親しくなっていることを、師匠が妬んでいるに違いないとさえ考えていたのである。
この時から、師弟の関係はどこかぎくしゃくし始め、また敏感にその雰囲気を感じ取った他の石工たちも、賢吾の資質を疑い始めていた。
 その頃、旗本白須甲斐守政雍の知行地であった、賢吾の住む金谷村で、ある事件が起こった。
事の発端は、それより数年前から、度々重税を課せられ困窮していた村民らに、更に追い討ちをかけるように、生活の資としていた薪炭材採取を差し止めろという布令が出されたことにあった。
金谷村の村民は、地頭所役人に嘆願したが全く容れられなかったので、数名が江戸の麹町にある旗本白須邸に赴き、布令を取り止めるよう直訴した。
ところが、なかなか聞き入れてもらえないことに業を煮やした一人が、隠し持っていた短刀で、白須の脇腹を突き刺した。
示し合せていた他の村民も襲い掛かって加勢したため、邸内は騒然となった。
しかし、その騒ぎを聞いて駆けつけた護衛らの手によって何とか沈静化し、村民を取り押さえたが、最初に白須を刺した村民だけが邸内を脱出して、その日は結局、行方がわからなかった。
 逃げた男の名は弥兵衛といって、金谷村でもとりわけ貧しい百姓であった。
弥兵衛は、妻と小さな一人息子に会いたさに、真夜中になるのを待って家に戻ろうとしたが、白須の護衛が村を巡察していることを知って踵を返し、空が白み始める頃には鋸山に隠れていた。
石切場の岩壁の、石を切り取って陽の差し込まない空洞になった場所のその奥に、弥兵衛はひっそりと息を殺して隠れていた。
そのそばで、槌とノミを手に羅漢の石仏を彫っていたのは賢吾であった。
「おい、賢吾、賢吾」
弥兵衛は、小さな、囁くような声を出し、岩壁の向こうで、汗を流しながら槌を打ち付けている賢吾の名を呼んだ。
賢吾はすぐその声に気付き、空洞の入り口にそっと身を乗り出して見ると、果たしてそこには、金谷村の弥兵衛が、うずくまっていた。
薄暗く、ひんやりと肌寒い空洞の中で、弥兵衛は追っ手から逃れるために隠れているのだと言った。
「弥兵衛さん。こんな所にいたってすぐに見つかる。何処か遠くに逃げた方がいい」
「そういうわけにはいかんよ。わしには女房も子供もいる。下手に逃げ出して捕まれば、遠流の刑は免れない」
すると、麓から中腹へと登ってくる山道を、何者かが数人、やって来る気配がした。
賢吾はそれを察知すると、弥兵衛を奥に隠れさせ、再び槌とノミを手に、石を彫り始めた。
石切場にやって来たのは、予想通り、数名の白須の追っ手たちであった。
彼らは最初に、棟梁の大野の声を掛け、続いて石工の一人一人に、江戸の麹町の白須邸で殺人未遂事件があったことを告げ、更に弥兵衛の人相などを仔細に渡って話し、心当たりがないか聞き込みをした。
「お前はどうだ?心当たりはないか?」
賢吾は石の前に鎮座して、槌とノミを手に作業をしながら、顔も上げずに、
「ありません」
とだけ答えた。
ところが、その場から立ち去ろうとした時、追っ手の中の一人が、賢吾が手を滑らせて、ノミが石を激しく削り取るのを、その目で見た。
そこでその追っ手は、賢吾に詰め寄って問い質した。
「隠し立てをすると容赦せぬぞ」
その怒声に、周りにいた石工も作業の手を緩め、事の成り行きを見守り始めた。
しかし、賢吾は必死に否定した。
「何も隠し立てなどしてません。何も知りません。本当です」
「ほう。では訊くが、羅漢の石仏を彫れるほどの腕を持った石工が、安易にその手を滑らせるのは、如何なる理由があってのことだ。申してみろ」
「それは・・・心の迷いだと思います」
「ではお前の心の迷いとは何だ」
「それは・・・」
その時、籠を背負ったなつ江が姿を見せた。
石を叩いては打つ、甲高い音が止むことのないその場所が、なぜかしんと静まり返っていることに、なつ江は不思議に思った。
が、よく見ると、帯刀した数人の男たちが、賢吾を取り囲んでいて、その怯えたような彼の目は、なつ江を捉えた。
なつ江は、ただ事ではない雰囲気を感じ取って、その場に凍り付いてしまった。
「それは、何だ」
詰問されつつも、賢吾はなつ江から視線を逸らさなかった。
この時賢吾は、もしこのまま嘘を貫き通して、この場で露見してしまったら、自分も重罪を免れないかもしれないと考え、そうなってしまったら、二度となつ江に会えないかもしれないと思われて恐ろしくなった。
「・・・弥兵衛さん・・・もう観念しておくれ」
賢吾は、真っ暗な空洞に向かってこう言った。
男たちは一斉に空洞に入って行くと、奥にいた弥兵衛を引っ張り出した。
弥兵衛は泣く崩れ、激しく抵抗したが、男たちに何発も殴られて気を失った。
賢吾は、最後まで弥兵衛を匿おうとしなかったことで、もはやその罪によって責められることはないだろうと考えていたが、そうはいかなかった。
師匠の大野は、賢吾が花売りの娘に恋慕して、心に迷いを生じさせ、羅漢の石仏を彫るという重責を軽んじ始めた頃から抱いていた不信の根が、犯罪者を匿ったことによって、いよいよその根は広がって、そろそろ見切りをつける時だと即断した。
そこで大野は、棟梁としての責任もあって、まだ羅漢の石仏は完成していないが、賢吾がどう処罰されようとも、
もはや何も弁護するものかと心を決めた。
賢吾は、師匠から見放されたことを察し、弁解しようと試みたが無駄であった。
「おい石工。ここに手を置け」
その時、追っ手の一人が、地面を指し示してこう言った。
賢吾は、言われた通り、地の両手を突いた。
すると、男は刀を抜いて、賢吾の右手の甲を目がけてそれを突き刺した。
激しい痛みに襲われて、賢吾はのた打ち回ろうとしたが、刀が手を貫いて地面に突き刺さっていたので、身動きが取れない。
弱ってきたところを、男は刀を抜き、更に今度は賢吾の左手の甲に、それを勢いよく刺した。
賢吾が悲鳴を上げた時、なつ江はその場にしゃがみ込んで両手で耳を塞いだ。
閉じられた目からは無数の涙で溢れ、体中の震えが止まらず、それは止むことがなかった。
両手からはおびただしい血が流れ、それが地中に染み込んでいく。
賢吾は、痛みで体をよじっては、苦悶の声を上げ続けた。
「これでもう二度と石は彫れまい」
男たちは、意識を取り戻しつつあった弥兵衛を、引きずるようにしながら、その場を離れ、やがて山を下って行った。
「お前も山を下りろ」
大野が賢吾に言い放った。もはや賢吾は弟子ではなかった。
「己の保身のみに生きるのは、もはや石工ではない。下りろ」
賢吾は、激しい苦痛で歪み、真っ青になった顔を上げ、真っ赤に腫れ上がった両手をだらりと垂れ、ふらふらと立ち上がると、何度も倒れそうになりながら、歩き去って行った。
なつ江は、賢吾が通り過ぎて行くのを、ただ呆然と眺めているしかなかった。
しばらくその場でしゃがみ込んでいたが、思い悩んだ末に立ち上がると、走り出して賢吾の後を追いかけた。
途中の山道で、賢吾は力尽きて倒れていた。
「賢吾さん!賢吾さん!」
なつ江は、賢吾に覆いかぶさって泣いた。
賢吾はうっすらと目を開けて、そこになつ江がいることを知り、微かな笑みを浮かべた。
「・・・馬鹿な男だ。決して師匠の言葉に耳を傾けようとはしなかった。
心の迷いが、石工としての将来を変えかねないと師匠は言われたが、まさにその通りになった。
ああ、また羅漢の石仏を彫りたい・・・」
なつ江は、賢吾を必死に支えながら、山を下りた。そして保田村の家に帰って看病したが、その夜のうちに死んでしまった。
なつ江は心を痛め、賢吾が二度と石を彫れずとも、羅漢の石仏や大仏を彫った石工の一人として、その名を永遠に、石に刻みつけておきたいと考えた。
そこでなつ江は、賢吾の遺品である槌やノミを手に、夜になると何度も家を抜け出しては山に登って、石切場の岩壁の、草の陰になって目立たないところに、賢吾の名を彫り、その隣には、なつ江自身の名も彫った。彫り終えた時、なつ江はそこに、白い花弁に、黄色の副花冠のある高雅な日本水仙の花を添えた。
こうして二人の名は、石碑のように、現在まで、そこに刻み込まれたままになっていて、今でも夜になると、何処からともなく、石を槌で叩く音が聞こえるという。それは、羅漢の石仏を彫りたいと言い残して死んでいった賢吾のものか、賢吾の無念を思いその名を岩壁に刻んだなつ江のものかは、誰もわからない。