密かな宴(うたげ)
神田川には、幾艘もの舟がゆっくりと、小さな波を立たせて、浅草橋の下を通り過ぎて行く。舟を仕立てて夕涼みをしながら風情を気取る道楽者たちが橋を見上げれば、その橋のレールの上を、川の北側から両国広小路の方へ、客を乗せた鉄道馬車が走って行くのが見える。 両国広小路界隈では、鉄道馬車の待ち人が、虫の声に聞き入りながら、外堀から吹いてくる涼風に柳が揺らぐのを眺めていた。 鉄道馬車はゆっくりと速度を落としていき、やがて客を降ろし始めたが、その中に、先染めの単衣紬を着た豊子がいた。 馬車から降り立ち、住まいである米沢町の呉服屋に辿り着くまでの間、彼女は何かにひどく怯えているような顔つきで、落ち着きなく辺りに目を配っていた。それは、まるで彼女の後をついてくる何者かの影を恐れているかのように。 豊子は小走りに駆け出した。途中草履が脱げ、ひどく慌てていたためか、鼻緒になかなか指が入らず、彼女は苛立った。 再び走り出すと、強張った表情を顔にはり付けたまま、後ろを振り返り、ひどく怯えたような調子で何かを叫んだ。ちょうどその時豊子とすれ違った山高帽の男は、彼女の背後には誰もいないことを知り首を傾げている。 屋根に呉服屋の看板を掲げた建物の前まで来ると、豊子は一旦立ち止まり辺りを見回した。そして、地面まで伸びる長い暖簾を掻い潜って中に入る。と、母親のたつがちょうど奥から出てきたところだった。 「お帰りなさい豊子さん。何処へ寄って来たのですか?」 しかし、たつの存在すら気付かないのか、顔面蒼白の豊子はものすごい勢いで二階の自室に駆け上がった。 「豊子さん?」 たつが階下から声を掛け続けるが、豊子は畳の上にうずくまり、体中を震わせている。上下の歯ががたがたとぶつかり合い、恐ろしさのあまり目から涙が溢れてくる。 階下から娘の名を呼び続けている母親の声に気付くこともなく、しばらく畳の上でうずくまっていた彼女は、何かを思い出したように、突然はっとして顔を上げると、二階の窓からゆっくりと外を覗き見た。 豊子はそこに、一人の男の姿を見た。男が路地の影から二階を見上げている。名も知らぬ、あの男がまた今日も、私の後を追って付いて来たのだ。 豊子は男を凝視したまま、恐ろしさのあまり、その場に凍りついてしまった。 * 全ての発端は、十五年前のことであった。 時代が明治に改元されようとしていた頃、豊子はまだ四つだった。母親のたつに連れられ飛鳥山の花見に出掛けたその帰り、板橋宿外の一里塚で、騒々しく騒ぎ立てる数十人の野次馬に遭遇したのが、そもそものきっかけであった。 彼らが遠巻きにしているものは何なのかと、母親のたつが豊子を引っ張り人垣を掻き分け覗き込もうとした際、竹橋で西洋小道具店を始めたばかりの知人がいるのを発見した。たつがその婦人と話し込んでいる隙に、娘の存在を忘れかけた母親の緩んだ手から、豊子はするりと手首を離し、子供心から生じた好奇心で、真っ先に野次馬の隙間を潜り抜け、人々が関心を注ぐその対象物を目の当たりにした。 三尺ほどの高さのある木製の台の上に、男の生首が載っていた。その手前に瓦版が立ててられている。学問を重じる両親を持つ故か、豊子には高札に書かれているその殆どの内容を理解することができた。 「・・・その罪数ふるいに暇あらず、よって死刑に行い、梟首せしめる者也・・・」。 末尾だけを、呟くようにして声に出した。そして、近藤勇の死顔に視線を移し、その閉じられた瞼、半開きの口、土色で生気のない乾き切った肌を、じっと見入るように眺めた。 「豊子さん!」 たつが背後からぴしゃりと煙草盆の髪の天辺を叩いた。母親に引っ張られながらその場から離れていく間にも、豊子の瞬きひとつしない目は台の上に置かれた首を凝視している。それは、子供特有の単なる好奇心の派生からではなく、明らかにその死顔は、豊子が一歩一歩着実に昇るべき段階の垣根を、一気に超えさせる程の劇的な意味を含んでいた。そんなことは知る由もないたつは、娘を叱り付けた。呉服商を営む両国広小路の自邸に戻るまでの間にも、たつの叱責は続き、娘に身勝手な行動をとってはいけないと諫めた。 しかし、豊子はかつて味わったことのない、妙に昂揚した心地であったので、いつもは癪に障るたつの叱責にも一向に萎縮することなく、むしろ悠々としていられた。 この時にはまだその「昂揚した心地」をおぼろげながらに感じ取っていただけの豊子が、それが何たるかを理解したのは、その日の月夜の涼しい風が簾を撫でてその隙間から入り込み、豊子の白く艶のある餅肌をかすめていったその時分であった。 豊子の胸を高鳴らせたのは、一時は名を馳せ多くの武勇伝を生んだあの男が晒した死顔を見たことによって、もはや当人は味わうこともできないであろう屈辱を与えたことによる、底知れぬ優越感であった。 その根底に、絶対的な強権を振るって女を従属させる男社会への怒りがあることまでは、その頃の豊子にはまだ理解出来ていなかった。 しかし、厳格な父が母親を怒鳴り散らす声が、灯りの漏れた隣室から聞こえてくることが毎日のように続いていたことが、豊子の心を激しく掻き乱していた。彼女の怒りはそこが原点であった。 父の重吉は、明らかにたつを見下していた。何かというと「女のくせに」「女だから」という露骨な女性蔑視の言葉を口にして、事あるごとに責め立てるのが常である。たつはそんな重吉に、決して反抗せず、言われて当然とでもいうかのように、正座をして頭を少し垂れ、「はい」と小さく返答をするだけで、重吉の言うことにじっと耳を傾けているだけだった。それは豊子に対しても同じで、常々「女なら良妻賢母になることだけを心掛けていればよい」と言い聞かせるように口にしていた。豊子はこの「女なら」という言葉が大嫌いだった。女の人権を適正な理由もなく剥奪する謂れなどないはずで、それを黙認している母親にも苛々させられた。 家庭から生まれた男性主体の社会への不信と怒りが、こうして年を重ねるにつれて増大していき、それがはっきりとかたちを持ち始めたのは、官立の東京女学校に入学した頃からであった。 教師たちは、女子にとって教育は最重要課題であるとしながらも、胸の内では、良き妻になり母となることが第一で、それ以外の人生を歩もうとする女は異端であると感じていることに、豊子は早くから見抜いていた。作家志望であることを口にした時も、担任の教師は「女性が作家になりたいとは、どんな心の迷いなのか」と一笑に付された。 袴をつけ通学するのが女学生の間で流行になると、豊子もそれを真似て、えび茶の袴を身に付け、黒の編み上げ靴を履き、背中まで垂れた艶のある黒髪には大きなリボンを付けた。しかし、女子の袴は国辱だと新聞などで大きく報じられ、服装にまで厳しい制限が加えられ、豊子を落胆させた。 こうして月日が経ち、女学校を卒業する頃には、男尊女卑の風潮に対する怒りのやりどころをペンに込めた。しかしそれ以上に、その怒りを忽ちに静めてくれていたのは、あの男の生首であった。 意思を持たず、無防備で、命ある時は多少の品格も兼ね備えていただろう男の、あの死顔は、豊子に活力を与えた。 夜、一人机に向かって書き物をしている時、ふとペンを脇に置いて、男の生首のそばに歩み寄り、髪を撫で、頬を擦り、そこに軽く口づけをし、子守唄を口ずさむ自分の姿を夢想するようになった。この密かな宴は毎日続き、それは豊子をこの上なく幸せな心地にさせた。 さて、女学校を卒業した豊子は、両親から家業の手伝いを強要された。半年前から出版社の職に就くことを望んでいたが許されず、また日課だった小説の執筆も、家業の忙しさに振り回されなかなか進まなかった。 年が経つにつれ、豊子の美しさは嫌でも周囲の目を惹いた。その上器量も立居振舞いも良く、学問に明るい豊子を、世間の男たちが見逃すはずもない。特に浅草に住む法科の学生は、馴染客の母親と連れ立ってよく店にやってきては、豊子と親しくなった。豊子も、学生の飾らない人柄に惹かれて、何度か恋文を交わすほどになったが、それが重吉の知るところとなり、二度と会うことを禁じられた。 「お前の相手は私が決める。勝手に交際することなど許さんぞ!」 豊子の部屋でこう吐き捨てると、手紙と共に、それまで書き溜めていた原稿までもビリビリに破いてしまった。手紙はまだ良かったが、怒りに任せて大切な原稿にまでその手が及んだことに、豊子は抑えがたい憤りが沸々と込み上げてくるのを感じた。 「何だその目は」 両拳を握り締め刺すような視線を向ける豊子に向かってこう言い放った後、重吉は右手を振り上げて娘の頬を打とうとした。 が、その直後であった。重吉は突然、「うっ」と苦悶の声を上げたかと思うと、胸を抑えて、ばったりと畳の上に倒れてしまった。 心臓発作だった。 豊子は、うつ伏せに倒れ、全く動かなくなった重吉の体を、しばらくじっと眺めていた。店にいるたつにも知らせようともせず、徐々にその顔は喜悦の表情を浮かべ始めた。そしてゆっくりと跪くと、重吉の体を仰向けにした。両手は、胸を掻き毟るように十本の指が折れ曲がったまま硬直している。口はぽっかりと大きく開かれ、苦悶の声ならぬ声を叫び続けているようであり、ひん剥いた目は、予想だにしなかった痛みに襲われて、唐突に命を断ち切られることに対する恐怖心と、最後に何かを言い残すための、僅かな猶予さえ与えられなかったことへの無念さが入り混じり、また、何か目に見えぬものにすがって命乞いをしているようにも見えた。 豊子はうっすらと笑みを浮かべながら、重吉の死顔をじっくりと観察した。そして妄想の中で生首の男にしていたように、死んだ重吉の髪の毛と、恐怖で凍りついたようになったままの顔を撫で、子守唄を歌った。 「ねんねん ころりよ おころりよ 坊やはよいこだ ねんねしな・・・。」そしてこう語りかけた。「・・・あなたがやり遂げてきたものが全て無に帰してしまうという気持ちは、どんなものだったのかしら?こんな死相を曝け出すために生きてきた半世紀って、どんなものだったのかしら?話せるものなら教えていただきたきたいわ、お父様」 僅かに笑みをたたえながら、重吉の死顔をしっかりと脳裏に焼き付けた豊子は、ゆっくり立ち上がるとたつの元へ行き、父親が急死したことを告げた。 それから一年の月日が流れた。再婚したたつは元軽業師の婿養子と共に店を切り盛りしていたが、なかなか軌道に乗らず、家計は逼迫していたが、豊子はある女学雑誌で、懸賞付の小説公募の広告を目にした。たつは、懸賞付であれば投書しても良いと、それまでの態度を緩和させ、その後、小説を書くことに没頭する時間ができた。 それまで豊子が読破してきた女流作家の作品は、格差社会に対する忍従の苦しみを訴えるものや、同権論を謳歌した作品、フェミニズムを内在させたものなどが殆どだったが、それらの影響を受け、また、同世代の民権家の運動にも共鳴していたこともあり、女性運動家を主人公にした小説を書き上げた。 が、何の音沙汰もなく月日は過ぎていった。その後に書いた作品は、別の雑誌に投書したものの、原稿が送り返されてきた。 さて、そんな頃である。豊子が女学校時代の友人の家を訪れたその帰り道、神田界隈を歩いていると、葬列の一団を目にした。自宅での通夜を終えたのだろう、柩は輿に乗せてあり、その前には人力車に僧侶などが乗っていた。数十人の規模で葬列を組んで歩いていた。これから寺院に向かって、そこで葬儀を行い、その後埋火葬という段取りに違いなかった。豊子の足は、自然とその葬列の後を追い始めた。しんがりを歩いて、それとなく溶け込んだ。 やがて葬列は寺院に到着した。豊子はその出入り口までやってくると、あとはただ、再び出てくるのを待った。 僧侶の読経する声が聞こえ、香炉の微かな匂いもした。 どのくらいの時間が経過したであろうか。柩のある輿が寺院から出てくると、裏手にある火葬場へ運ばれた。豊子は、その後についていく。いかにも寂しげに、故人を偲ぶかのような悲痛な面持ちで。 火葬場で下ろされた柩の蓋が、静かに開かれた。白い喪服を着た参列者たちが、故人に最後の別れを告げる。そこに、紫色に枝垂れの梅模様のある着物を着た豊子が入ってくると、参列者は一斉に刺すような視線を浴びせた。豊子は、さも時間に間に合わなかったとでもいうような素振りで、 「・・・せめて最後のご対面だけはさせていただきたく存じます」 と言って目頭を押さえた。中には、豊子が何者なのか、いぶかしむ者もいたが、豊子にとって事は穏便に運ばれた。 豊子は柩を覗き込むと、遺体を見た。白装束を身に付け、脚と腕が折りたたまれた遺体は、年の頃三十前後と思しき男だった。男の死顔は、父親のそれに比べればましであったが、安らかとは言い難い。死しても尚何かに思い悩んでいるかのように、眉間に皺を寄せ、ぐっと歯を食いしばり力んでいるように見える。子供の頃に見たあの生首の男の、無表情のような死顔と、父親の苦悶に満ちた死顔とは、明らかに違うものであった。 豊子は、まるで高みから見下ろすかのように、親が子を宥めるような顔つきで、男の死顔を見つめていた。何の繋がりもない赤の他人から、知るはずもない彼の人生の総括が現れているかもしれない死顔を見られることは、どれほど屈辱的なことであろうか。豊子はそれを考えると、ぞくぞくした歓喜の波が押し寄せてきて、それに包み込まれるような感覚を憶えるのであった。 柩が閉じられて間もなく、豊子は誰に気付かれるともなく、火葬場を後にした。足取りは軽やかであった。 その体験の後、豊子はすぐに執筆を開始した。男尊女卑の差別的な処遇に思い悩んだ少女が海外留学をきっかけに女権の確立に奔走するが、やがてその運動は、男女の別なく平等にやってくる、誰人も逃れることの出来ない死そのものに対する追究へと目覚めさせ、やがては絵描きになって全国を放浪し、多くの人間の死相を書き続け人生をまっとうするという小説を書き上げた。 「貴女之語」という雑誌の編集長を勤めていた与田松夫という男は、ふと豊子の原稿に目をとめた。前半は、習作の域を脱していないかのようにも見受けたが、後半になって、主人公の女が絵描きになり、死んだ人間の死顔をスケッチしていく過程での心理描写にはかなり惹き付けられるものがあった。 そこで与田は、他の選考者も注目していた豊子の小説を推薦し、一等とした。その知らせを通知で受け取った豊子は喜び、たつもいくらか家計の助けになると思って娘を誉めそやした。婿養子の夫は、重吉とは違って口うるさい男ではなかったが、文筆に明け暮れる豊子を冷ややかに観察していた。豊子はそれに気付いていたが、もとから会話のなかった義父と娘との間には、第三者から見てもそれとわかるほどの大きな隔たりがあったので、それ以上非難されることも、言い争うこともなかった。 一等となった豊子の作品は、次号には早くも掲載された。事前に、雑誌に掲載されることについての話をするために、銀座のカフェで豊子と会っていた与田は、序文で「文学界に新風を吹き込まんとする、見目麗しき才色兼備の女史」と記していた。 銀座のカフェで会った与田が、見惚れながらも、それと気付かれぬよう振舞っていたことに、豊子は満足していた。しかし、以前から、期待せずとも自ずと実感できることだったので、何も珍しいことではなかった。それよりも、豊子が最も期待していた「才色兼備」という言葉が与田の序文にあったことに、この上ない喜びを感じていた。 見せかけだけの美しさならば、醜い女でもいくらでもごまかせることが出来るが、豊子の美しさは単なる見せかけでなく、持って生まれたものであるとの自信が漲っていた。また、才能は、持って生まれたものを切磋琢磨していかなければものにはできない。そのふたつを、最上のかたちで手にしているのが自分自身に他ならないと、自室で「貴女之語」を手に読み進めながら、そんな満足感に浸っていた。 しかし、それから一ヶ月も経たない頃のことである。豊子は、たつと義父が所用で半日外出しなければならなかったので、店番をすることになった。午前中から馴染の婦人が二、三人やってきて、豊子が書いた小説を賞賛したり、適当に雑談したりしている内に、あっという間に時間が過ぎ、ちょうど客の入りがなくなった午後二時頃を回った時であった。 ふと、入口の暖簾を掻き分け外を見ると、道を隔てた向かい側の、民家と米屋との間を伸びる細い路地の物陰から、じっと豊子を眺めている男がいるのに気付いた。 ひょっとすると、豊子の小説に感銘を受けた読者が会いに来たのではないかと感じた。それはそれで悪い気はしない。ところが、少し目を離して再び視線を戻すと、もうそこにはいなかった。 その時を境に、謎の男は、街路を歩く豊子のずっと背後に佇んでいたり、部屋から外に何気なく目を移した瞬間、豊子の部屋を横目にしながら歩いていたりしていた。 しかしどうも納得のいかないことがあった。男の顔をどうしても覚えられないのである。謎の男は、豊子が何処にいようとも、おかまいなしについてきた。しかし、目を逸らした隙に消え失せる男の容姿は、その瞬間に記憶の中からも消滅してしまう。そんなことがずっと続いたのである。 豊子は、自分が監視されているのかもしれないと感じていた。そう思ってみたところで、それが一体何のためであるのかがわからない。 不気味で得体の知れない男は、いつも豊子を見ている。ついてくる。そして、追ってきた。 日に日に、豊子は、亡霊のように現れては消えてしまう男の存在に苛むようになった。与田から連絡があり、何とか新作を書き上げてくれとの要請にも応えることができず、書くもの全てが未完に終わっていた。それ以来、与田からは一切連絡がこなくなった。たつは、そんな娘の変化に気付いていた。 「どうしたっていうんですか。近頃は食欲もなければ外出もしない。書こうともしないではありませんか」 「放っておいて下さい。題材を考える時間が欲しいだけですから」 と言ってみたが、それは本心ではなかった。題材は考えても浮かばなかったし、そもそも考えることさえ億劫になっていたのだ。 あの男は、何を求めているのだろうか。何を待っているのだろうか。その答えが判らぬまま、半年が過ぎようとしていたある夜、豊子は布団の中で吐血した。 その事実は誰にも言わなかった、徐々に痩せ細り、青白くなっていく娘を気遣ったたつは、医者に診察させた。診断の結果、告げられた病名は結核だった。 その後、別室に呼ばれたたつは、医者と何か話しているようだったが、それが何のためであるのか、豊子にはおおよそ見当がついていた。 「わたし、もう助からないんですか?違いますか?」 帰り道にこう切り出した豊子に、たつは事実を告げなかった。 「そんなことはありません。しばらくの間治療を続ければ治ります。明日から入院になりますけど、いいですね、取り乱したりしないようにするんですよ」 豊子はそれ以上何も言わなかった。しかし、激しく心を掻き乱されそうになったので、豊子は一人になりたいと思い、先に自宅へ帰って下さいとたつにお願いをした。 * 店に戻ってきた豊子の様子がおかしいことに気付いたたつは、何度も階下から二階へ声を掛け続けた。 「どうしたのですか?何かあったのですか?」 自宅までの帰り道、あの男はずっと豊子の後をついてきたのだった。そして、今も、家の前からあの男が部屋を見上げている。しかし、いつもと違うところがあった。 男は薄笑いを浮かべている。まるで豊子の死期を待ち侘びるかのように・・・。 すると、その横に、もう一人男がいることに気付いた。と思っていると、背後にももう一人現れた。 その数が、みるみる増えていく。 豊子はその時、悟ったのだった。 彼らは、わたしの死顔を見たいのだ。わたしが彼らの死相を見たように、彼らもわたしの死相を確かめたいのだ。あの男たちは・・・わたしの死顔を見にきたのだ。わたしから、死の匂いを嗅ぎ取ったのだ・・・。笑ってる。男たちが笑ってる・・・。 激しい眩暈に襲われた豊子は、畳の上に座り込んで身じろぎもしなかったが、しばらくすると、階段を駆け下りて、驚くたつの静止を振り切り家を飛び出した。 見せるものか。 わたしの死顔は誰にも見せない。 絶対誰にも見せるものか。 半狂乱になった豊子は、心の叫びを声にして、無我夢中で街中を駆け抜けて行った。 豊子が家を飛び出してから三日が過ぎた頃のことである。店に警官が二人やってきた。警官がたつに話した内容とはこうである。 昨夕、千葉のある海岸の砂浜に、女の死体があった。しかし、その死体には首がなく、どこを探しても見当たらない。身元も判らなかったが、両国米沢町の呉服屋が、重病を患っている娘が家を飛び出して行方不明との捜索願が出されていたことを知り、可能性が高いので確認してもらいたい、とのことであった。 そして安置所へ行ったたつが、首のない死体を目の当たりにして、一瞬にしてそれが、豊子であることを悟った。たつは事情を知りたがった。 立ち合っていた警官の話では、豊子の右手には、大型でよく磨がれた鋭利な包丁が握られていたというのである。 「それじゃあ何ですか・・・自分の首を切り落として自殺したなどと、そんな馬鹿げたことをおっしゃるつもりなのですか?」 たつは涙を流しながら悲痛な面持ちで訴えたが、警官は少し困ったような顔をした。砂浜には、豊子の足跡しかなかったのだが、その足跡は、ヨロヨロと蛇行しながら歩いていたという状況をうかがわせるもので、それと平行して、血痕が左右両側に続いていたというのである。 「これははっきりとした結果が出るまで何とも言えませんがね・・・」と言葉を濁した後、警官は思い切ったように、震える声音でこう言った「お嬢さんは、長い時間をかけて自分の首を切り落とした包丁を右手に持ち、左手に首を持って・・・そのまま波打ち際まで歩いて行ったとしか、説明の仕様がないのです・・・」 豊子の首は結局見つからなかった。
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