入 れ 墨 

 

 徳川十一代将軍家斉の時代、深川仲町の岡場所に、お藤という大変美しい遊女がいた。

もとは江戸西郊の中野にある小間物屋の娘であったが、妻子ある札差と不義密通を繰り返していたことが露見し、激昂した父親から勘当されたのである。
不忍池のほとりの出会茶屋で、逢瀬を繰り返してきたのも金目当てという、お藤の腹の内は承知の上であり、そこが妙に面白くもあり楽しくもあった札差の男は、美しいお藤を諦めきれずにいた。
そこでお藤を不憫に思った札差は、金を貸している御家人の伝手で職を与えようとしたが、その直後、寛政の改革によって債権がごっそり破棄され破産寸前になってしまった。
それを知るや、お藤は札差にさっさと見切りをつけ、吉原で新子になろうと、浅草日本堤へ一旦は出向いたが、形式的な遊びやしきたりにこだわる吉原よりも、粋で素人らしい娘風を装っていればよい岡場所の方が性に合うと思い、また、もぐりで営む深川の方が人気があると人伝に聞いたので、仲町で働くことにしたのである。
「お前さんならその気になりゃあ、吉原の花魁にだってなれるだろうによ」
と、主人は薄化粧で洗練された美しさを持つお藤を初めて見た時、こう言った。
「悪(あし)の原の花魁になんて、なりたくはありませんよ」
少し鼻にかかった美しい声音でお藤は言い放った。
それから一年も過ぎると、仲町に大変な美人がいる、との噂は界隈に知れ渡っていた。客は町人が殆どであったが、地方から江戸藩邸に短期間だけ赴任している勤番武士もひじょうに多かった。
彦根から江戸に入って有り余った時間を江戸見物に費やしていた佐竹幸蔵は、ある日深川の木場の酒問屋を訪れた際、手代と下世話の話題に話が及んだ時、興味深い噂を聞いた。
この手代が言うには、仲町の伏玉屋で働くお藤という女郎を転がすことが出来たら、それはもう大変な自慢になるとのことであった。
「旦那。あんな美しい娘は見たことありやせんよ。歌麿だって描きたくなるってなもんでやんす」
幸蔵は早速岡場所へ行き、店の下男に、お藤という娘に会わせてくれと言った。下男は、稼ぎ頭である板頭のお藤には、常に切遊びの客が付いているのを知っていたので、わざわざ名札の表裏を確認することなく、日を改めさせようとした。しかし、何を血迷ったのかこの武士は、満足のいく女であれば五両出してもよいと口にし、それが偽りでない印に、懐からちらと見せて下男を驚かせた。態度を一変させた下男は、店の奥から女将を呼んできた。
「お侍さん、他で何か商売でもなさってるんですかい?」
女将は妙に甘ったるい声を出した。
幸蔵は丁重に座敷へ通された。隣は廻し屏風で仕切った割床の座敷のようで、多くの遊女と客との営みが、障子を通して聞こえていた。
とそこへ、いくらも経たない内にお藤が姿を現した。色鮮やかな着物に、花簪で美しく飾られた横兵庫の結髪と、殆ど化粧を施していない極め細やかな白い肌の麗しさは、言葉を失うほどであった。あどけなさをのぞかせてはいるが、妖艶な色香をたたえた瞳は大きく、鼻筋はくっきりと通っていて、潤った唇は蕾のようであった。
歌麿も描きたくなると言った木場の手代の言葉は、頷けるどころの話ではなかった。
「お前は美しい。なぜこんなところで働いているのだ」幸蔵は尋ねた「拙者の女になれ」
「まあなんて気の早いことですこと」
お藤はお灼をしたが、幸蔵はただお藤に見惚れているだけで全くそれに気付かない。
「女房と妾に囲まれて左団扇ってことですかい?」
「拙者は一人身だ。女房に三行半をつきつけ離縁して、生まれたばかりの息子も向こうにくれてやった。拙者はお前が欲しい。花代はいくらでも出そう」
田舎侍だが懐具合はいいようだよ、と女将からは聞いていた。確かにそうだったが、お藤は更に、遊びを知らない見栄っ張りなこの侍を、手玉に取るのは容易いことだとすぐに見抜いた。
お藤は言った。
「幸蔵さんとお会いできたのも何かの縁でございましょう。江戸の端っこでは、三度会わなければ馴染みになれないとか申してるそうですけど、うちは初会でも仮初め。あとは幸蔵さん次第でございますけどねえ」
「では、何度ここへ来れば馴初めになれるというのだ?」
幸蔵はそれとなく尋ねた。
「床花を摘んで夫婦(めおと)の寝殿に、でございましょう?」
お藤は肝が据わった、物怖じしない女であった。武士であろうが豪商であろうが、言いたいことは何でも言った。それでも多くの男がお藤に惚れ込み、盲目となってしまうのは、やはりその美しさ故であった。
お藤に入れ上げたばかりに散財し、追われた番頭や奉公人なども少なくなかったのである。
幸蔵は藩主が登城する日を除いては任務がなく、毎日のようにお藤に会いに行き、買い切っては、他の男の前に出させないようにしたのだった。
 
 一月程経った頃、幸蔵は言った。
「拙者が江戸にいられるのは一年だけだ。場合によっては、早急に彦根へ帰らなければならない事情も、出てくるかもしれぬ。どうだお藤よ。ゆくゆくは拙者と彦根に来ぬか?本音を申せば、お前を妾として迎え入れたい。そうすればお前も、こんなところで働くこともなかろう。早いとこお前の返事を聞きたい」
抜け目のないお藤は、今まで手にしたこともない程の金銭を幸蔵からせしめていたので、この返事も、出来得る限り引き延ばすつもりであった。
しかし、なかなか返事をしないお藤に対し、幸蔵は数週間もすると焦りを見せ始めた。
「お前は、どういう言い訳をして断ろうかと、企んでいるのではないか」
お藤は泣いて詫びた。
「実は父がこっそり江戸に参って、頑なに郷里へ帰って来いと言い張るんです」
「何?縁談か?」
幸蔵のお藤への苛立ちが、すぐに和らいだのを見て更に続けた。
「断りたかったんですけどねえ・・・お相手の若旦那が諦めてくれないらしいんですよ。そのうえ由緒ある家系であるから、すぐに帰って縁組するようにと言ってききません」
幸蔵は、お藤から聞かされた身の上話を思い出した。沼津の実家は赤貧で両親は病気がち。仕方なく岡場所で奉公し、仕送りをして助けていると。
幸蔵がお藤に金を与え続けているのも、このことが一因となっているのだった。
「女郎に身を落とした娘に、家長である立場も忘れて低身低頭願い入るものですから、安易に断ることもできません。父はもう帰りましたが、一両日中に文にて返答することになっています。ですから幸蔵さん、どうかもうしばらく、お待ちになっては下さいませんか」
「お藤。拙者はお前から片時も離れたくはないのだ」幸蔵はお藤を抱擁した「お前のためなら全てを投げ出しても惜しくはないぞ」
 
ちょうどその頃、柴又で、主人の言いつけで得意先を回り、店の売掛金を回収していた若い奉公人がいた。
四件回った後、船で矢切村まで渡ろうとした時、数人の侍がちょうど船から降りてきたところだった。するとすれ違い様、そのうちの一人に呼び止められ、人相画を見せられた。厳つい顔だが、これといって特徴のない男のようにも見えたので、
「はあ。あっしは存じ上げませんがねぇ」
と、足早に船に乗ろうとしたが、去り際によく見ると、右頬のあたりに小指大程と思しき傷があった。聞けば、兄を殺された仇討ちをするために江戸に入ったという。奉公人はその人相画を記憶に留めた。
そしてその三日後に、馴染みの遊女、鶴吉に会うため店に行くと、彼を押しのけるようにして入って行く武士がいた。武士は奉公人を振り返り、体がぶつかったので小言のひとつやふたつ言われるのかと思ったが、そのまま二階に上がって行ってしまった。
その武士を見て、ふと人相画の男でないかと思った。早速そのことを鶴吉に話すと、その話はやがて鶴吉からお藤に伝わった。
幸蔵が下級武士であるにも関わらず、懐具合の良いその理由が、お藤には少なからずわかったような気がしたのだった。
ものは試しとばかりに、お藤は、その次の日も店にやってきた幸蔵に言った。
「幸蔵さん、今日町内を歩いていましたら、妙な方に声を掛けられたんですよ」
幸蔵は羽織を脱いだお藤を引き寄せる。
「ほう。何と声を掛けられたのだ?」
「その方、聞けば地方からいらしたとかで、人相画を持って訪ね歩いておりました。それが幸蔵さんにそっくりだったんです」
お藤の首筋を這うようにしていた幸蔵の指が一瞬止まった。
「それでその侍は何と?」
「誰がお侍さんと言いました?誰も言っておりませんよ」お藤は続けて言った「被衣を被った若い女でした」
幸蔵はお藤から身を離すと思案した。
「疑うなお藤。拙者に女などおらん」
幸蔵は強気の姿勢を崩さなかったが、明らかに動揺していた。
「とすればあれは何だったのでしょうかね」
と、少しすねて見せた。
金を手にするためなら、どんな手練手管を用いても、良心の呵責など感じたことはなかった。そしてこの時も、幸蔵からより多くの金を巻き上げた。しかし、ありもしない愛を多く語ることでその気にさせ、作り話で責められ、たじろいでいた幸蔵を、優しく抱擁することも忘れなかったのである。
 
それから二週間後のこと。二人の侍が、千住で幸蔵を斬ったものの取り逃がしたとの噂がお藤の耳に入った。
一年前、紀伊藩主山代明光の家来、松田新五郎の長男頼勝と下男二人が、江戸藩邸にいた叔父を訪れようとしていたその道中、幸蔵が不意を突いて斬り殺したという。
頼勝らが宿場にいる時、たまたま居合わせた幸蔵が、叔父に届けることになっているという金のことを知り、宿場を出て先回りしては、頼勝らがやって来たところを襲撃、所持金を盗んで逃走したのであった。
逃げ去る男の人相を見ていた行商人の証言によって作られた人相画を手に、捜索を続けた松田兄弟は、江戸に入ってからようやくその正体を突きとめた。
やがて千住で幸蔵を発見、仇討ちしようとするも叶わず取り逃がしたというのである。
兄弟とは、二男の忠政と三男の正利であった。
そして、幸蔵が深川の岡場所に入り浸っていると知るには、それほど時間はかからなかった。
同じ頃、みすぼらしい格好をした一人の屑屋がお藤に手紙を寄越してきた。八幡宮付近で廃棄物を漁っているところを、侍に声を掛けられ、駄賃金一両をやるかわりに、お藤にこれを届けて欲しいと頼まれたというのである。
それは幸蔵からのもので、明日丑の刻に隠亡堀で待つ、とあった。
やがてその日の内に、松田兄弟はお藤の元へやって来た。
お藤は、日増しにしつこくなっていく幸蔵をそろそろ追い払うには絶好の機会だと捉え、手紙の内容をありのままに伝えた。
松田兄弟は、お藤の姿を確認したところで姿を現すであろうから、子の刻には隠亡堀に行っているようにと指示すると、お藤は迷うことなくその役目を引き受けた。
しかし、幸蔵からせしめた金銭のことは何ひとつ話さなかった。
 
次の日の深夜、お藤は隠亡堀へ行った。人気もなく月明かりだけが頼りの淋しい場所であった。
すると、いくらも経たない内に幸蔵がやってきた。千住で松田兄弟に斬られた右の上腕部に手拭を巻き、それが激しく痛むのか、顔面蒼白であった。
「お藤、拙者と一緒に逃げてくれ」。
お藤は事情が飲み込めないといった素振りで尋ねた。
「どうしたっていうんですかいその腕は?何があったんです?」
幸蔵は、お藤がまだ何も知らないことに救われた気持になった。
「賊の襲撃に遭ったのだ。身に憶えのないことだが、まだ拙者を捜しているようだ。お藤、拙者と一緒に逃げてくれぬか」
その時、お藤は幸蔵の背後にうっすらと人影を見たような気がした。目を凝らすと、それは二つの影で、間違いなく松田兄弟であった。お藤は、それまで触れていた幸蔵の腕からゆっくり手を離すと、気遣う素振りをみせた。
「一体どうしたっていうんです?逃げてくれって、何処へですか」
「何処でも良い。お藤よ、拙者と一緒に来てくれ」その声は哀願に近かった「頼りはお前しかおらぬのだ」
二つの人影がゆっくりと近付いてきた。
今だ、とばかりに、お藤は突然、幸蔵を突き飛ばした。
何事かと呆気にとられ戸惑う幸蔵は、お藤を引き寄せようと手を伸ばしたが、お藤はそれを振り払った。
「あんたなんかと誰が逃げるもんですかい」
背後で刀を鞘から抜き取る音がしたのと同時に、暗闇から姿を現した松田兄弟は叫んだ「佐竹幸蔵!仇討ちだ!覚悟しろ!」
怒りで顔を紅潮させた幸蔵は、お藤に罵声を浴びせた。
「おのれ!拙者を裏切ったか!」
刀を抜いた忠政がまず斬りかかった。幸蔵は横に飛びのいて刀を抜こうとしたが、忠政の振り下ろした刃先が幸蔵の横面を深くえぐって血しぶきが舞った。それがお藤の着物にかかった。
倒れた幸蔵はそれでもなお刀を抜き、唸り声を上げながら力を振り絞って立ち上がった。
次に斬りかかったのは正利であった。よろけながらも刀を振り回す幸蔵に距離を置いて構えると、一気に踏み込んで、胸元に一太刀した。
「お・・お藤・・・貴様・・・」
よろよろと歩み寄る幸蔵の顔と上半身は、血糊でべっとりとなり、足元には血だまりができた。お藤に近寄ろうとする幸蔵の背中を、忠政の刀が大きな孤を描いて容赦なく振り下ろされた。
幸蔵は断末魔の恐ろしい叫び声を上げ、どっと前のめりに倒れた。
倒れる瞬間、お藤の着物を掴んだため、お藤も幸蔵に折り重なるようにして倒れた。
「お藤・・・」
幸蔵は真っ赤に染まった手を伸ばし、お藤に触れようとした。お藤はその手を足蹴にした。
「幸蔵!苦しみながら死ぬがよい!」
うつ伏せで倒れたまま苦しみ続ける幸蔵に、松田兄弟は恫喝したが、もはやその声も耳に入らなかった。
それでも幸蔵は、唸り声を上げながら這って進み、逃げるお藤に迫った。
「おのれ・・・お藤・・・許さぬぞ・・・」
薄れる意識の中で幸蔵が最後に目にしたものは、顔をそむけるお藤の姿であった。幸蔵はお藤を凝視したまま息絶えた。
すると、突然忠政が、今度はお藤の眉間に刀を向けた。お藤は一瞬凍りついた。
「次はお前だ盗人め」
松田兄弟は、幸蔵がお藤に多額の金銭を与えているとの確証を掴んでいた。
それより少し前のこと、お藤が幸蔵と会うために店を空けた直後、松田兄弟に付き添って江戸入りしていた若党が、部屋から金百五十両を発見したからである。幸蔵を焙り出させる役目を終えるまでは、泳がせておこうと思っていたのだ。
 お藤は、金は幸蔵から受け取ったものではないと、強硬な態度を崩さなかったが、それも長くは続かなかった。
幸蔵は盗んだ金を借金に充てていたが、それでも尚余りあるほどであったと、捕えられた直後にお藤は知った。
一方女将は、お藤が幸蔵から内々に金を貰い受けていたことに怒りをあらわにした。
 またこの事件を機に、町奉行の警動が行われ、これには敵対する吉原の遊女屋が奉行をそそのかしたとの噂もあったが、いずれにせよ岡場所が次々と取り潰しに遭ったことは痛手であった。役人に袖の下を与えることで事無きを得たものの、遊女の多くは恐れをなし、公証された遊郭で働く方が身の危険に怯えることもないと、吉原へ流れてしまった。女将は憤激し、この全ての責任をお藤に擦り付けようとした。
そこで女将は、お藤を完膚なきまでに叩き潰してやろうと奉行に出訴した。つまり、幸蔵が人を殺めていたことを知るや彼を恐喝し、金銭を奪っていたと、作り話をでっち上げたのである。
江戸ではお藤の名が知れ渡った。
そして一年以上が経過し、刑期を終えようとしていたその直前、お藤は胸元から下腹部にかけて、巨大なうわなりの鬼女の入れ墨を彫られた。頭に二本の角を生やし、激しい憎悪を剥き出しにしたおぞましい形相のその女の顔は、まさに鬼の化身であった。
前科者は、額や腕に入れ墨を彫られるのが通例であり、体一面に彫られた犯罪人など皆無に等しかったが、お藤の過去を洗いざらい調べ上げた奉行は、厳重に処罰すべしと一座掛で言い渡し、死ぬまで男を手玉にできぬようにと、鬼女の入れ墨を彫らせたのである。
そして牢の中で、お藤は女の子を出産した。それは幸蔵の子であろうと囁かれたが、結局誰の子かはわからなかった。
やがて釈放となったお藤は、江戸から追放された。
 
それから三年の月日が流れた。
江戸から遠く離れた石巻の地。ある山間部の村の、廃墟となっている民家で、お藤は俗世間から隔絶した生活を送っていた。髪は乱れるにまかせ体は痩せ細り、かつての美貌はすっかり消え失せていた。極貧の中で唯一の心の拠り所は幼い娘の富代だけであったが、しかし、それも長くは続かなかったのである。
お藤は、富代の腹にあった小さなほくろが、年々大きくなっていくのに気が付いた。
富代が八歳になった頃、それが何であるかがわかると、お藤は突然発狂し、娘を残したまま家を飛び出してしまった。
それ以降、二度とお藤を見た者はなかった。
 
行方知れずになった母親を捜していた富代は、塩釜の農家の主人に拾われた。しかし、女房がこの汚い捨て子の体に彫られた鬼女の入れ墨を見るや恐れをなし、それまで優しくあやしていたはずの亭主も、手のひらを返して富代を追い出した。
それからしばらくの後に、激しい飢えのため、白河を過ぎたあたりの奥州道中で倒れているところを、宿場人足に助けられた。
宇都宮の宿場にある土産物屋の老人が、この哀れな娘を引き取ることとなった。
塩釜で味わった屈辱を忘れていなかった富代は、十六歳でそこを去るまで、入れ墨のことは誰にも見られぬようにと努め、実際その通りになった。
 
江戸で働いてみたいという抑えきれない衝動はどこからくるものなのか、富代は自分でもわからなかったが、その思いに駆り立てられるように胸の内を老人に語った。
主人は、浅草で小間物問屋を営んでいる縁戚に一筆したためた。人手が足らないので、女中として働いて欲しい旨の返事はすぐにきた。
 
富代は宇都宮から、生まれて初めて江戸に入った。そして十八歳になった頃、良助という名の、染物屋の若い住み込み職人と出会った。良助が店の前を通り掛かった時、打水が履物にかかった。水を撒いていたのは富代で、彼女は奥に入り手拭を持ってくると、謝罪の言葉を何度も口にしながら履物を拭いた。
良助は、富代を見るなり、この湧き起こる胸の高鳴りはどうしたものなのか、この典型的な町娘の、どこにその魅力があるのかと不思議に思うばかりであったが、その恋慕の激しさは日増しに良助を突き動かしていった。
やがて良助は富代に、その想いの全てを伝えた。富代も、以前から良助をそれとなく意識していたと告白した。二人は急激に親しくなった。
 
ある日、良助は富代と貸座敷で一夜を共にした。しかし、富代は女になることを拒んだ。
「私が嫌いか?」
良助は不安になったが、富代はそれを否定した。
「そうではありません。とても見せられない体なのです」
その言葉の真意は推し量り難いものであったが、それが何であろうと、良助は富代の不安を取り除いてあげるつもりで、優しい言葉を囁き続けた。
それを聞いて富代は安心した。良助の熱意と優しさに根負けし、上半身を曝け出すことに抵抗を感じなくなったのである。
「決して驚かないで下さい」。
富代は裸になった。良助の温かい両腕が露わになった肢体に絡みつき、心ゆくまで愛し合いたいと富代は願った。
ところが良助は、富代の胸元から下腹部にかけて彫られたうわなりの鬼女の入れ墨を見るなり豹変し、その顔は醜く歪んで憤怒の形相となった。
「おのれ・・・見つけたぞ」
富代は声を出す間もなかった。良助は突然、懐に忍ばせていた短刀を手にすると、富代をメッタ刺しにした。
両手を前に突き出してそれを防ごうとする富代の僅かな抵抗も空しく、血飛沫を上げて仰向けに倒れ込んだ。それでも良助は、大量の返り血を浴び続けても尚短刀を振り下ろす。顔を血だらけにさせて苦悶の表情を浮かべる富代は、その刃から逃れようとのた打ち回ったがどうすることもできなかった。
富代はあっ気なく息絶えた。
 
夜も明け陽が差し込み始めた明け六つ時になってから、絶命している富代に気付き、そして、彼女の胸元を刺し貫いている短刀を、両手にしていることに気付いて愕然とした。
良助は何も憶えていなかったのである。
富代の名を叫んで滂沱の涙を流し、血だらけの冷たくなった死体に覆い被さってひたすら嗚咽した。
 
良助は、死ぬまで牢屋から出られることはなかったが、この話はお藤と幸蔵の事件の記憶を再び蘇らせたばかりか、後々まで江戸の語り草となった。
というのも、お藤の娘が富代であり、幸蔵と別離した妻との間に生まれた子息が、良助だったからである。